平安幻想異聞録-異聞- 235
(235)
「もし、僕のほうが先に出会っていたらと思う。もし来世で同じことがあったら、
今度こそ、僕が君の魂を佐為殿から奪ってやるのに」
俯いて、独白するように言ったアキラの肩に、どこからか、あの黒い鳥―カササギが
戻って来てとまった。
小雨の中、向きを変え立ち去ろうとするその後ろ姿に、ヒカルは考える。
アキラの言葉がいやに空虚に響くのは何故だろう。彼らしくない。
そしてヒカルは、その理由が、アキラが『来世で』といいつつ、実際には
来世なんて信じていないからなのではないかと気付いた。
「待てよ!」
呼び止めたヒカルに、アキラがもう一度こちらを見た。
雨がやんで、周囲が明るくなる。湿気を含んで吹く風が、春のように心地よく
ぬるい。
「おまえ、生まれ変わりとかって本当に信じてる?」
「そうだね。信じても信じなくてもあまり代りはないさ、僕にとってはね。
仏の言うように輪廻というものがあるなら、なおさらだ」
「どういう意味だよ、それ」
「僕は陰陽師だからね。神の手にならざるものをモノを呼びだし、仏の教えの
外のモノを使い、呪い、時には殺め、神仏が定めた自然のことわりを、
呪文一つで捩じ曲げる。それが生業だ。そんな僕に、仏が輪廻の機会を
与えてくれると思うかい?」
瞳をゆらすヒカルを、アキラが苛烈に見返した。
「地獄行き決定だね」
きびすを返し、ヒカルに背を向ける、自分と同じ年の陰陽師の小さな背中。
「それが、陰陽師という生き物の定めなんだよ」
ヒカルには、歩み去るアキラを引き止めることが出来なかった。
ただ、水たまりとぬかるみの真ん中につっ立って、その姿を見送ることしか
出来なかった。
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