平安幻想異聞録-異聞- 235 - 236


(235)
「もし、僕のほうが先に出会っていたらと思う。もし来世で同じことがあったら、
 今度こそ、僕が君の魂を佐為殿から奪ってやるのに」
俯いて、独白するように言ったアキラの肩に、どこからか、あの黒い鳥―カササギが
戻って来てとまった。
小雨の中、向きを変え立ち去ろうとするその後ろ姿に、ヒカルは考える。
アキラの言葉がいやに空虚に響くのは何故だろう。彼らしくない。
そしてヒカルは、その理由が、アキラが『来世で』といいつつ、実際には
来世なんて信じていないからなのではないかと気付いた。
「待てよ!」
呼び止めたヒカルに、アキラがもう一度こちらを見た。
雨がやんで、周囲が明るくなる。湿気を含んで吹く風が、春のように心地よく
ぬるい。
「おまえ、生まれ変わりとかって本当に信じてる?」
「そうだね。信じても信じなくてもあまり代りはないさ、僕にとってはね。
 仏の言うように輪廻というものがあるなら、なおさらだ」
「どういう意味だよ、それ」
「僕は陰陽師だからね。神の手にならざるものをモノを呼びだし、仏の教えの
 外のモノを使い、呪い、時には殺め、神仏が定めた自然のことわりを、
 呪文一つで捩じ曲げる。それが生業だ。そんな僕に、仏が輪廻の機会を
 与えてくれると思うかい?」
瞳をゆらすヒカルを、アキラが苛烈に見返した。
「地獄行き決定だね」
きびすを返し、ヒカルに背を向ける、自分と同じ年の陰陽師の小さな背中。
「それが、陰陽師という生き物の定めなんだよ」
ヒカルには、歩み去るアキラを引き止めることが出来なかった。
ただ、水たまりとぬかるみの真ん中につっ立って、その姿を見送ることしか
出来なかった。


(236)
空を見上げ、それから下を向き、足元の水たまりに映る雲の動きをどれほどの
時間、ぼんやりと眺めていたのだろう。
髪や服から落ちた水滴が、そこに落ちては幾つもの波紋を作る。
胸が痛くなるほど好きな声に、名を呼ばれて顔を上げた。
目の前に佐為が立っていた。
座間邸の残骸の中に、ヒカルが良く知る白い狩衣姿で。
二人とも、さっきの雨で濡れ鼠だ。
佐為の髪はすっかり濡れそぼって、先からポタポタと水が落ちている。
白い着物も、あの騒ぎの中を駆け回ったせいで、裾が泥に汚れて、灰色に
染まっている。
だけど、その光景はまるで一幅の絵のように綺麗だと、ヒカルは思った。
あたりを見渡すと、木片や板がぬかるみに沈んで、倒壊した屋敷の間には、
すでに妖魔の遺骸さえ転がっていない。
全部が終わって、今、ヒカルがやりたいことなんて、たったひとつだ。
だから、ヒカルはその本能に従った。佐為に駆けよる。少し伸び上がって、
その美しい長い髪ごと、佐為の体を抱きしめる。――やさしく抱きしめ返される。
佐為の胸の中、大好きな菊の香の薫りを胸いっぱいにすいこみながら、
ヒカルはつぶやいた。
「佐為と寝たいな」
それはヒカルの正直な気持ちだった。
体中にこの十日間、嬲られ続けた感触が残っている。本当をいうと、今は、他の
人間に肌に触れられるだけでも嫌なのだ。
でも、きっと、佐為なら大丈夫。佐為になら触れて欲しかった。
「ヒカルの体が、ちゃんと全快したら、ですね」
佐為は、小さくヒカルの耳元でささやいた。ヒカルはそれだけで、背筋にしびれが
走った気がして、ギュッと佐為の背に回した手に力を込めた。



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