平安幻想異聞録-異聞- 239
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近衛の家で、ゆっくり体を休めることになったヒカルだが、それでも全ての
傷が癒えるまでひと月もかかってしまった。
母も祖父も、ヒカルが座間派に呪をかけられて酷い目にあったらしいと
漠然と知ってはいたが、事件の本当の細かい顛末までは知らない。宮中でも、
この十日間の間に何があったのか知っているのは、事件に関わったごくごく
一部の者たちだけだった。ヒカルはひと月間検非違使の仕事は丸々休んで
しまうことになったけれど、加賀や三谷、筒井たち、検非違使仲間が、精のつく
食べ物をいろいろ持って、見舞いに来てくれた。あげくに和谷、伊角といった
やんごとなき方達までヒカルの見舞いに現れたものだから、ヒカルの母は、
何か失礼があっては大変と、また右往左往することになり、近衛の家はそれなりに
にぎやかで、明るい笑いに包まれていた。
そして、その明るい家の空気こそが、実はヒカルの1番の薬となっていて、
最初の頃、ヒカルは夜にうなされることも多かったが、徐々にそれもなくなって
いった。
「なんだかさぁ、やっぱ、自分の家って、いいなぁと思うよ」
床に伏したまま、ヒカルは佐為に語りかける。
佐為は、ヒカルが帰宅してすぐの頃は毎日、そしてこのところは三日と
開けずに近衛の家を訪れ、泊まっていくことも多かった。家に帰ってきて
最初の頃、夜になるたびに悪夢を見ていたヒカルが、それを乗りきれたのは、
佐為がいつも近くにいて、そっと手を握ってくれていたからだと、ヒカルは思う。
そして、ちょうどひと月目の夜に、ヒカルは、隣りで寝ている佐為の腕を
そっとひっぱり、内緒話のようにささやいた。
「ねぇ、佐為。しよう」
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