平安幻想異聞録-異聞- 239 - 240


(239)
近衛の家で、ゆっくり体を休めることになったヒカルだが、それでも全ての
傷が癒えるまでひと月もかかってしまった。
母も祖父も、ヒカルが座間派に呪をかけられて酷い目にあったらしいと
漠然と知ってはいたが、事件の本当の細かい顛末までは知らない。宮中でも、
この十日間の間に何があったのか知っているのは、事件に関わったごくごく
一部の者たちだけだった。ヒカルはひと月間検非違使の仕事は丸々休んで
しまうことになったけれど、加賀や三谷、筒井たち、検非違使仲間が、精のつく
食べ物をいろいろ持って、見舞いに来てくれた。あげくに和谷、伊角といった
やんごとなき方達までヒカルの見舞いに現れたものだから、ヒカルの母は、
何か失礼があっては大変と、また右往左往することになり、近衛の家はそれなりに
にぎやかで、明るい笑いに包まれていた。
そして、その明るい家の空気こそが、実はヒカルの1番の薬となっていて、
最初の頃、ヒカルは夜にうなされることも多かったが、徐々にそれもなくなって
いった。
「なんだかさぁ、やっぱ、自分の家って、いいなぁと思うよ」
床に伏したまま、ヒカルは佐為に語りかける。
佐為は、ヒカルが帰宅してすぐの頃は毎日、そしてこのところは三日と
開けずに近衛の家を訪れ、泊まっていくことも多かった。家に帰ってきて
最初の頃、夜になるたびに悪夢を見ていたヒカルが、それを乗りきれたのは、
佐為がいつも近くにいて、そっと手を握ってくれていたからだと、ヒカルは思う。
そして、ちょうどひと月目の夜に、ヒカルは、隣りで寝ている佐為の腕を
そっとひっぱり、内緒話のようにささやいた。
「ねぇ、佐為。しよう」


(240)
家族はすでに寝静まっていた。
佐為はヒカルの部屋に敷かれた客用の床について、今まさに
寝入ろうとしていた時だった。
その言葉に佐為は、すぐ隣りで寝ているヒカルを見返した。
ヒカルの瞳は、いつかのように真っすぐこちらを見ている。
「オレ、もう大丈夫だよ」
そうヒカルが笑うのに笑い返して、佐為は緩やかな動作で自分の床を出ると、
並んで敷かれたその褥に潜り込んだ。
「平気だから」
重ねて言うヒカルの、少し潤んだ瞳に吸い寄せられるように、佐為は前より艶を
増したその唇に自分のそれを重ねる。最初は浅く唇を撫でるように。
そして、徐々に深く。
夜着の間から忍び込んで、背中に回された佐為の手の感触に、ヒカルの肌が
ふるりと震えた。
佐為の手の冷たさのせいでもなく、快楽のせいでもなく、それは体に
わずかに残る、情交への恐怖のためだった。
座間邸で刻み込まれた肌を交わらす事への怯えと嫌悪感は、ヒカル本人が
思ってる以上に、その体に深く刻み込まれてしまっている。
ヒカルの肌を背中から腰へ、そして臀部へと愛撫し、手の平を滑らしながら、
佐為はそれを敏感に感じ取ってしまった。
「ヒカル、やっぱり今夜はやめておきましょう」
「え?」
「体の傷は確かに癒えたかもしれません。でも心の傷というのはそんなに簡単に
 癒えるものではないのですよ」
「でも…」
「そのかわり、今日は私はこうしてずっと、ヒカルのことを抱きしめて
 いましょう」
そう言って、佐為は夜着の下から手を抜き、改めて着衣の上からヒカルの
背に手を回した。
「でもさ…」
「なんです?」
ヒカルが佐為の腕の中から、大きな目で佐為を見上げた。



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