失楽園 24


(24)

 緒方は気怠げにソファの前まで歩み寄ると、ヒカルの胸元に手を伸ばした。遠慮なく伸
ばされた緒方の手から逃れるように身体を捩ったヒカルは、ソファの背に背中をぴたりと
着けた。追い詰められた猫さながらに。
「ふぅん…怯えているのか?」
「……っ、誰が」
 ヒカルの喉元をゆっくりと指先で擽りながら、緒方は酷薄の笑みを浮かべる。アキラも
凛とした美しい眼をしているが、この子の強い眼差しもどうだ。まだほんの子供のような
のに…アキラの誘いを拒否できる強靭な意志さえ、この子供は備えているのだ。
「安心しろ、もうおまえには手を出さん。――喉が渇かないか」
「すっげ渇いた」
 一つ頷くと緒方は踵を返し、リビングと繋がっているキッチンへ向かう。
「オマエが飲めそうなものといえば、オレンジジュースとミネラルウォーターしかないが」
「両方欲しいや」
 こういった場面でのヒカルの遠慮のなさは、アキラには決してないものだった。だが、
その無遠慮さは子供らしくとても好感が持てるものである。ヒカルの希望通りに、緒方は
グラス2つと、冷蔵庫の中から取り出したボトルを持ちリビングへ取って返した。
 ヒカルは緒方がグラスに注ぎ手渡した水を一気に飲み干した。緒方が呆れ顔で2杯目を
満たすと、それも勢いよく傾ける。
 緊張し、そして泣き、身も世もなく喘いだのはほんの1時間ほど前のことだ。
 ヒカルの喉が常になく渇えているのは当たり前のことだった。



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