敗着─交錯─ 24 - 26


(24)
「8520円になります、」
「釣はいい…」
タクシーから降りると、上を見上げた。
自分の部屋に明かりがついているのが見える。
(久しぶりだな…部屋に電気がついているのは…)
なんとなく、足取りが軽かった。
今日、棋院で偶然に進藤に出くわし、この間の罪滅ぼしの意味も含めてキーホルダーごと部屋の鍵を渡しておいたのだ。

「今日はエライさん連中と飲みに行く。帰りは遅くなるから…先に寝てていいぞ」
人気のない場所へ促し、キーホルダーを渡して説明する。
「飲みにいくの?」
鍵の一つ一つを触りながら答えた。
人が来ないかを気にしつつ続ける。
「ああ、懇親会だ。多分…遅くなる。酒が入るから車は使わない。それ、持っていっていいぞ」
「ふーん…」
車のキーを物珍しそうにいじっている進藤を残して、足早に立ち去った。

部屋の前に立つと、念のため呼び鈴を押してからノブを回した。
鍵はかかっていなかった。
もつれかかった足で玄関に入り、ドサリと腰を下ろすとぐったりと壁に寄りかかる。
「おっせーよーっ!」
足音をたてて、ジャージ姿の進藤がドスドスと歩いてきた。
部屋からはバラエティー番組であろうテレビの音が漏れている。
「ああ…今帰った…」
丁度いい具合に酔って気分が良かった。
「ったく…。酒くせーしタバコくせーし、オレ、もう寝るからな!」
横にぺたんと座って膨れている顔をまじまじと見つめると、頭をくしゃっと撫でた。
少し驚いて目をしばたかせる。
「……相当、酔ってる…?」
「ああ…酔ってるな…」
アルコールの勢いも手伝って、覗き込んでくる進藤の顔に見惚れていた。


(25)
「進藤…悪いが、水もってきてくれ、…」
「ん、ちょっと待ってて」
ぱたぱたと去っていく足音を聞きながら、ネクタイを緩める。
(たまには…こういうのも…悪くないな…)
夢と現実との境をゆらゆらと漂い、安らいでいた。
「ハイ、水っ」
「おう、サンキュ…、―――っ!!」
一気に流し込んだ瞬間、思いきり吐き出しそうになった。
「…って、何だ!、これは!」
「何って…水でしょ?」
確かに無色透明の液体ではあった。
「水じゃないっ、これはっ、どこにあった!」
「机の上。ずっと置いてあったよ」
(机の上…?)
―――思い出した。
出掛けに軽くひっかけようと思ってグラスに注ぎ、結局口をつけなかった――
(中身は――洋モノのジンで――アルコール度数が……、確か、42%……、)
グルリッと視界が回ったかと思うと、いきなり頭が床に叩きつけられた。
(……痛ぅ…!)
顔が熱くなっていくのが自分でも分かり、動悸が異様に速くなる。
横を向くと、進藤の姿はそこになく、テレビの音も消えていた。
(あのガキ…っ、匂いぐらい…、かげよっ…)
やっとの思いで立ちあがると、つまづきながら這うようにして廊下を歩いていく。
部屋に入ろうとして――
丸められたファーストフード店の包み紙が、足元に転がっているのに気がついた。
「………」
部屋の中は見ないようにして、寝室にたどり着くと、クウクウと寝息をたてている進藤の隣に体を横たえた。
とにかく目をつぶった。


(26)
「先生さあ、朝いつも何食ってんの?水だけじゃ足りないでしょ?」
進藤のしゃべる声がいちいち頭を叩いて、割れるように痛かった。
水しか体が受け付けなかった。
さすがに部屋に散らかっていたゴミは片付けられていたが、まだ雑多な雰囲気は残っていた。
懇親会程度で二日酔いになることはないが、昨晩は最後の一杯がアルコールしか入っていない胃に拍車をかけた。
「オレいっつも朝はご飯なんだけど、ここってパンしか置いてないし。あ、先生。オレが昨日残したポテトあるけど、あれ食う?」
冷えた油の味が胃袋を襲い、胃液が逆流しかけた。
「…少し、静かにしててくれないか…」
「ふーん、二日酔い?あれだけ飲めば悪酔いもするね」
パクパクとハムを口に運び、しれっと答える。
(それは、酒のツマミ用だ…。がつがつ食うもんじゃない…)
こめかみを押える。
「…で、オレ昼はラーメ…」
「うるさい!少しは黙ってろ!―――、つ…」
自分の声が頭の中心で反響した。
「先生のがうるさい…」
怒りが込み上げてくるのを押え、ふと横を向くとパソコンのキーボードの位置がずれているのに気がついた。
「……おまえ、パソコン触ったのか?」
「うん、だけど〈パスワード〉って出てきて分かんなかったから切っといた」
ディスプレイに光が反射して、無数の指紋が付いているのが見えた。
酒のせいではない、目眩がした。
(キーボードだろ?…分からなくなっていじるのは、キーボードの方だろ?液晶だぞ、あれは…)
くらりと天井が回った。
パソコンの台の下に転がっているポテトチップスの空袋から目を逸らすと、”切っといた”の「切った」も最早詳しく追求することなく、テーブルに突っ伏した。
(アキラには、留守を任せるような気持ちで鍵を与えたが――。)
隣で牛乳を飲んでいる進藤を見て、確信した。
(こいつには、躾でもしない限り、絶対に鍵は渡せないな―――)



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