光彩 24 - 27
(24)
緒方はすぐにヒカルを招き入れた。
インターフォン越しに聞いたヒカルの声は、泣いているようだった。
棋譜の整理のために立ち上げていたパソコンの電源を落とした。
「勉強中だったの? ゴメン オレ邪魔しちゃった?」
手の甲でごしごし目をこすりながらヒカルが尋ねた。
目が赤い。顔が涙で汚れていた。
緒方は黙って首を振った。
ヒカルは俯いて話し始めた。
「緒方先生・・・。この前相談したよね。
あれねぇ・・・あれ塔矢のことなんだ。」
緒方は、それを知っていたことをヒカルに言わなかった。
ヒカルはそのまま続けた。
「オレ・・・馬鹿だから・・・先生の言ってる意味わかんなくて。」
ヒカルが緒方の方を見た。
まつげに涙がたまっている。
「塔矢に会えなくなってから。やっと・・・気がついて・・・。」
ヒカルはしゃべるのをやめた。
涙をこらえようとしているようだ。
涙がこぼれないように、瞬きを我慢している。
緒方は胸が痛んだ。
稚い少年が泣いている。
その原因は自分にあるのだ。
アキラを感情のない人形のように弄んだ。
ヒカルをアキラのように扱うとほのめかし、
アキラの顔色が変わるのを楽しんだ。
暴れるアキラを押さえつけ、彼の不誠実さを責めた。
お前は汚い奴だ!淫売!
その汚れた体で、ヒカルの横に平気な顔して立てるのか?
言葉でなぶり、侮辱した。
その翌日、書留で合い鍵が送り返されてきた。
緒方はその鍵を机の引き出しにしまった。
後日、研究会でアキラにあった。
その時、アキラは表面上は礼儀正しく接したが、
瞳に浮かぶ侮蔑と嫌悪の色を隠そうとしなかった。
胸の奥がちりちりした。
(25)
涙を止めようとした。
泣き声を出さないように、息を止めた。
それでも、のどの奥から声が漏れる。
緒方が、温めたミルクに砂糖とブランデーを入れて、ヒカルに出してくれた。
砂糖が多めに入ったミルクは甘く、ヒカルの心をいやしてくれるようだった。
緒方がそっとヒカルを抱き寄せた。ひどく優しい動作だった。
瞼に唇があたっている。
それから、涙の後を辿るように唇が触れては離れた。
緒方の指がヒカルの髪を梳いた。
温かい指先がヒカルの額や頬にふれる。
「もう泣くな・・・。進藤。」
―泣いちゃだめですよ・・・ヒカル―
落ち着いた低い声に、静かな優しい声が重なった。
緒方の胸にもたれかかった。
緒方の心臓の音が聞こえる。気持ちが落ち着いてくる。
いつしかヒカルは、緒方の腕の中で眠ってしまった。
夢を見ていた。
佐為がいた。
ヒカルは遠くから佐為の姿を見つめている。
佐為は碁盤の前にきちんと正座して、自分の指で碁石をおいていく。
優雅に石を操る佐為の指先に、ヒカルはみとれた。
佐為がヒカルの方を見た。
唇が動く。
声はヒカルには届かなかった。
(26)
「早かったな。」
アキラは返事をせず、緒方とも目をあわせようとしなかった。
いすを勧められたが、座る気はなかった。
はっきり言って、この家には二度と足を踏み入れたくなかったのだ。
だが、ヒカルのことで話があると言われたら、来ないわけにはいかなかった。
アキラは、素っ気なく何の用か尋ねた。
緒方が冷蔵庫からビールの缶を二つ取り出した。
一つを自分に差し出したが、アキラは無視した。
緒方は肩をすくめ、テーブルの上にそれを置いた。
緒方が缶ビールのプルを押し上げた。小気味のよい音が響く。
緒方は薄ら笑いを浮かべて言った。ビールの泡がはじける音がする。
「進藤泣いてたぜ。塔矢があってくれないって。」
アキラは緒方を睨み付けた。
目が怒りに燃えている。
いったい誰のせいだと思っているのか?と言いたげに・・・。
緒方一人の責任ではなかったが、それを改めて認めるのはつらい。
「どうしてあってやらないんだ?可哀想じゃないか。」
ちっとも哀れんでいないような口調に腹が立つ。
アキラは唇をかみしめた。イライラする。
「あんまり可哀想なんでつい慰めたくなってしまったよ・・・」
「抱きしめて、キスをして。それから・・・。」
そこまで聞いて頭に血が上った。
アキラは緒方に殴りかかった。
(27)
片手で簡単にあしらわれる。
腕を捻りあげられた。アキラが痛みに顔をしかめる。
緒方はビールの缶を床に投げ捨て、そのままアキラを抱き込んだ。
暴れるアキラを力で制し、無理矢理、唇を塞いだ。
「進藤に言わないのか?俺たちの関係を」
「言えるわけないでしょう!こんなこと!!」
アキラは叫んだ。悔しい。力では敵わない。
アキラの目に涙がにじんだ。
「そんなに進藤が大事なのか・・・。」
緒方の静かな声が耳の中に落ちてきた。
緒方はアキラの唇を再び塞いできた。
体を動かそうとしたが一ミリも動かせない。
その時、隣の寝室の方から物音がした。
まさか・・・まさか・・・!
目だけを移動させる。
ヒカルが・・・いた。
緒方がようやくアキラを離した。
!!最悪だ・・・。
地面が崩れていくような気がした。
緒方さんに、はめられた・・・!
怒りが爆発した。
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