平安幻想異聞録-異聞- 240
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家族はすでに寝静まっていた。
佐為はヒカルの部屋に敷かれた客用の床について、今まさに
寝入ろうとしていた時だった。
その言葉に佐為は、すぐ隣りで寝ているヒカルを見返した。
ヒカルの瞳は、いつかのように真っすぐこちらを見ている。
「オレ、もう大丈夫だよ」
そうヒカルが笑うのに笑い返して、佐為は緩やかな動作で自分の床を出ると、
並んで敷かれたその褥に潜り込んだ。
「平気だから」
重ねて言うヒカルの、少し潤んだ瞳に吸い寄せられるように、佐為は前より艶を
増したその唇に自分のそれを重ねる。最初は浅く唇を撫でるように。
そして、徐々に深く。
夜着の間から忍び込んで、背中に回された佐為の手の感触に、ヒカルの肌が
ふるりと震えた。
佐為の手の冷たさのせいでもなく、快楽のせいでもなく、それは体に
わずかに残る、情交への恐怖のためだった。
座間邸で刻み込まれた肌を交わらす事への怯えと嫌悪感は、ヒカル本人が
思ってる以上に、その体に深く刻み込まれてしまっている。
ヒカルの肌を背中から腰へ、そして臀部へと愛撫し、手の平を滑らしながら、
佐為はそれを敏感に感じ取ってしまった。
「ヒカル、やっぱり今夜はやめておきましょう」
「え?」
「体の傷は確かに癒えたかもしれません。でも心の傷というのはそんなに簡単に
癒えるものではないのですよ」
「でも…」
「そのかわり、今日は私はこうしてずっと、ヒカルのことを抱きしめて
いましょう」
そう言って、佐為は夜着の下から手を抜き、改めて着衣の上からヒカルの
背に手を回した。
「でもさ…」
「なんです?」
ヒカルが佐為の腕の中から、大きな目で佐為を見上げた。
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