平安幻想異聞録-異聞- 243
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ヒカルの着衣を脱がせながら、徐々にあらわになるその素肌に、佐為は次々と
あますところなく口付けの雨を降らせる。
心も体も満たされていく感覚。
座間の元に居た時、あの部屋で、毎夜この世のものとは思えない快楽の海に
突き落とされ、喘ぎ、浅ましくよがり狂った自分をヒカルは否定できない。
――けれどあの場所には、こんな心が一杯になるような、胸がつまるような
幸福感はなかった。
その幸せな感覚を手放したくなくて、ヒカルは佐為の首に手をまわし、
引き寄せて、その首筋に顔を埋めて口付ける。佐為も応えて、そのヒカルの
背中にしっかりと手を回すと、ヒカルのやわらかな髪の中に顔を潜らせ、
唇で愛撫してくれた。
悦楽の中を恍惚と漂いながら、ヒカルは思う。
ヒカルは今では、自分の体が、こうして与えられる快楽にいかに弱いか
知っている。
それはヒカルが抱える闇だった。
出来ればそんな自分は誰にも知られたくない。
でも、佐為になら、知られてもいいと思うのだ。佐為になら、そんな自分が
心の深淵に抱える闇ごと、自分を預けてしまえると思うのだ。
反対に、ヒカルは佐為の持つ心の闇も知っている。
こうしてどんなに情を交わし、自分に愛の言葉を囁いていても、いざ自分と
囲碁とを並べて、どちらかを選べと言われたなら、この碁打ちの人は、きっと
囲碁を選ぶだろう。それは、確信だ。
綺麗で優しくて、誰より残酷な佐為。
でもヒカルは、佐為のそんな闇の部分も承知の上で、この人を好きで仕方が
ない。
そういう佐為だから、こんなにも捕らわれてしまうのだ。
人は誰でも、そうやって心の奥深くに闇を抱えて、それを見つめて生きて行かな
くてはならないのだろう。
ヒカルはふと、アキラの事を思った。
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