平安幻想異聞録-異聞- 243 - 244
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ヒカルの着衣を脱がせながら、徐々にあらわになるその素肌に、佐為は次々と
あますところなく口付けの雨を降らせる。
心も体も満たされていく感覚。
座間の元に居た時、あの部屋で、毎夜この世のものとは思えない快楽の海に
突き落とされ、喘ぎ、浅ましくよがり狂った自分をヒカルは否定できない。
――けれどあの場所には、こんな心が一杯になるような、胸がつまるような
幸福感はなかった。
その幸せな感覚を手放したくなくて、ヒカルは佐為の首に手をまわし、
引き寄せて、その首筋に顔を埋めて口付ける。佐為も応えて、そのヒカルの
背中にしっかりと手を回すと、ヒカルのやわらかな髪の中に顔を潜らせ、
唇で愛撫してくれた。
悦楽の中を恍惚と漂いながら、ヒカルは思う。
ヒカルは今では、自分の体が、こうして与えられる快楽にいかに弱いか
知っている。
それはヒカルが抱える闇だった。
出来ればそんな自分は誰にも知られたくない。
でも、佐為になら、知られてもいいと思うのだ。佐為になら、そんな自分が
心の深淵に抱える闇ごと、自分を預けてしまえると思うのだ。
反対に、ヒカルは佐為の持つ心の闇も知っている。
こうしてどんなに情を交わし、自分に愛の言葉を囁いていても、いざ自分と
囲碁とを並べて、どちらかを選べと言われたなら、この碁打ちの人は、きっと
囲碁を選ぶだろう。それは、確信だ。
綺麗で優しくて、誰より残酷な佐為。
でもヒカルは、佐為のそんな闇の部分も承知の上で、この人を好きで仕方が
ない。
そういう佐為だから、こんなにも捕らわれてしまうのだ。
人は誰でも、そうやって心の奥深くに闇を抱えて、それを見つめて生きて行かな
くてはならないのだろう。
ヒカルはふと、アキラの事を思った。
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そして彼の心を映したように、美しく清冽で、どこか寂しげな式神たち。
彼もこんなふうに、心に抱える闇を持っているのだろうか?
(あいつともっと話してみたいな。)
ヒカルは、山奥の湖水のように静かな、あの陰陽師の瞳を思い出した。
「何を考えているのですか? ヒカル」
我に返る。
「なんでもない…」
そうして二人は、今お互いがここにある幸福を噛みしめるための行為に、
再び没頭する。
ヒカルの手も自分を抱く人のしなやかな肌の上をさまよい、お互いの体を
まさぐり、睦みあう。
佐為が、ヒカルの手を持ち上げ、右手の小指を口に含んだ。
「きゃんっ……」
ヒカルの口から、子犬のような悲鳴がもれた。
そこは佐為だけが知っている、ヒカルが一番感じる場所だ。
小指の爪を甘く噛み、そのやわらかい指の腹を思う存分に濡らすと、次は
薬指、中指とその輪郭をたどって舌をゆっくりと這わせる。
「…ぁぁ……」
ヒカルが耐えきれないと言うふうに、首を振った。
その唇は、やがて手から手首へ移り、皮膚の下に透けて見える血管を
なぞるように舌で愛撫すると、腕を徐々にのぼって行き、肩から首筋へと
辿りついて、ゆるやかにヒカルの耳の後ろのあたりを刺激し始めた。
くすぐったさに、ヒカルは肩をすくめ小さく笑いながらも、甘い溜め息をつく。
佐為の唇は、そのままヒカルの首筋の肩近くの所と耳の後ろをゆっくりと何度も
往復しながら、時に軽く歯ではさみ、時に舌でそっと嘗め上げ、ヒカルの体から
完全に力が抜けてしまうまで愛撫し続けた。
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