平安幻想異聞録-異聞- 245 - 249


(245)
もう一度最初から、とでも言うように、佐為が再び、指先から丁寧に愛戯を
ほどこし始めた。
すでに充分に高められて過敏になった体には、それはよりいっそう強い刺激と
して受け止められ、なんだか焦らされているようで、ヒカルは何度も甘える
ように佐為の名を呼んだ。
佐為の手管で乱されていくヒカルは、そんな自分を隠そうとはしなかった。
感じるままに身悶える。
ヒカルの存在を確かめるようなその長い前戯のあと、ようやっと中に入ってきた
佐為のモノの感触に、ヒカルはほっと安心したように息をついた。
「ヒカル、気持ちいいですか?」
「うん……」
ヒカルが小さく頷く。そのヒカルの耳元に唇をよせて、佐為がささやく。
「ヒカルの中も気持ちいいですよ」
その佐為の物言いに、ヒカルは顔を赤らめた。
「恥ずかしいやつ……」
「ホントの事です」
そう言って、中で動き始めた佐為に、ヒカルは甘い声を上げ始める。
「ぁ…あ……いい……」
と、そんな会話の後だったから、その言葉は、自然にすんなりと口から
突いて出た。
「……いい……いい……、佐為…」
喘ぎ声にもすすり泣きにも似た、その言葉を、佐為は口付けで部屋の外に
漏れないように塞ぐ。
でも唇でした蓋をわずかに外せば、それだけで、ヒカルの口からは
押さえきれない嬌声が漏れた。
その甘い声の間に混じる囁きのようなヒカルの言葉に、佐為が耳を傾ける。
「……は……ぁぁ…あ、佐為……もっと………もっと、佐為が…ぁ、欲しい」
それは、佐為にとっては、自らの情欲をからめとる呪のような言葉だった。
折れるほどに抱きしめられ、より強く中を擦られる快楽に、ヒカルの背中が
のけ反った。


(246)
「あぁぁぁ……!」
佐為のモノが中を行き来し、いいところに当たるたびにヒカルの背がビクビクと
跳ねる。
ただ抜き差しするだけでなく、佐為は時折、ヒカルのももを持ち上げ、その
責める角度を変えて、久しぶりのヒカルの中の味を楽しんだ。
そのために、佐為のモノは時に中で、ヒカルの思いもしないところに当たって、
今までとは違うしびれるような、突き刺さすような悦楽の味をヒカルに教える。
「佐為……佐為……っ、佐為…」
熱に浮かされ、酔ったようにヒカルはその言葉を繰り返す。
それに混じって時折上がる、高く艶やかな淫声を、佐為は初めて共寝した時と
同じように、唇を重ねて飲み込んだ。度々こぼれるその声に、佐為が飲み込みきれず、
口に含む前に外の空気に溶けて消えてしまうものも随分あったけれど。
ヒカルは翻弄される感覚に喉を震わせ続けた。
互いの腰が、より深いつながりを求めて揺れていた。
痛いほど勃ち上がっているヒカルの中心も佐為の腹でこすられて、蜜液が
漏れ始めていた。
そうして、お互いの中の熱を共有するうち、やがて終わりが近づいて
ヒカルが、頂点を前にした追いつめられるような悦楽の激しさに、きつく
背を引きつらせる。
それでも終わりまでちゃんと身体を重ねて、佐為の重さを感じていたくて、
ヒカルは佐為の身体に必死にしがみついた。佐為も、ヒカルの身体が自分から
離れないように、しっかりとその腰に手をまわして引き寄せた。
ヒカルの口から、わななくような喜悦の声が甘くほとばしった。
それを独り占めするように佐為の口唇が重なり、ふたりはきつく抱きしめあい、
ぴったりと身体を合わせたまま、ほぼ同時に達した。


(247)
折り重なって、ふたり、情事の後の呼吸を整える。
その額に貼り付く金茶の前髪を優しく掻き分け、佐為はヒカルの眉間に
ゆるく口付けをする。そのまま、鼻梁をつたって降りて、度重なる口付けに
紅く染まった唇にたどりつく。
口角をずらして重ねて、舌を差し入れ、そのまま、ふたりは慈しみ合うように、
互いの舌をからめて静かに愛しあう。
体をしっとりと湿らせていた汗も少し冷えたころ、ヒカルが言った。
「佐為、もっと……」
「だめですよ、今日はもうおやすみなさい」
「でも、佐為の、もうオレの中で――」
固くなってんじゃん。と、つぶやきながら、ヒカルはまだ自分の中にある佐為の
モノを意識して締めつけてみせる。
「ヒ〜〜カ〜〜ル〜〜」
ちょっと辛そうな顔をして、自分を睨みつけてくる佐為がおかしくて、ヒカルは
声を立てて笑った。
「あぁ、でもそうかもなー。佐為はもう年寄りだしー、もう一回は無理かもなぁ」
「ヒカル、そういうこと言うと、本当に泣いて頼んでも放してあげませんよ」
「いいって、いいって」
そして、ヒカルは照れながら、それでも佐為の目をまっすぐ見つめてつぶやいた。
「朝まで、ずっと抱いててよ」


やがて、ヒカルが、帝のいいつけにより
遠い出雲まで使いにやらされ、
その間に、いつの間にかお膳立てがされていた
帝の囲碁指南役をめぐる囲碁対局に、佐為が赴き、
不当な汚名を着せられて、入水することになるのは、
それから約2年後の話である。


(248)

<結び>

パチリ…と盤上に石の打たれる音がする。
千年前と変わらぬその音。
だが今、佐為は、その石を自らの手に持つことはできない。

目の前で、碁盤に石を放つのは、金色の前髪を持つ少年。
その名を進藤ヒカルという。

少年が自分の白石にカカって来たのを見て取って、
佐為は次に石を打つ場所を扇で指し示す。

――それにしても、なんという偶然であることか――
名前が同じだけではない。その面差しも、自分を見返す瞳の率直さも
千年の昔に自分のすぐそばにいたあのヒカルを思わせた。
輪廻転生というものが本当にあるのなら、
まさにこのヒカルはそうなのかもしれないと思わせる程に。
(だが、本当にこのヒカルがあのヒカルの転生なのだとしても関係ないこと)
前世は前世、今生は今生だ。
近衛ヒカルと、進藤ヒカルは、似ているけれどやはり別人だと思う。
近衛ヒカルはこれほど碁にのめり込むことはなかったし、
反対に進藤ヒカルは、近衛ヒカルほど自分を殺すことはうまくない。
それに、今の佐為には碁石に触れることができないのと同様、
ヒカルに触れることが出来ないのだ。
だから、もし、ヒカルとヒカルが同じ魂を持っていたところで、
何の意味があるだろう。


(249)
(だけど、それでも本当にこのヒカルが、あの検非違使の少年の
 生まれ変わりであると言うのなら…)
と、佐為は思う。
――今生のヒカルを泣かすような真似だけはすまいと。

千年前、入水してからもしばらくは、自分は霊となって、京の街を
さまよっていたから、出雲から帰った近衛ヒカルが自分の死を聞き、
どんなに悲しんだか知っている。
出会った頃より大人びた顔立ちに変わった、あの検非違使の少年が、
誰も打つ人のいなくなった碁盤の前に泣き崩れて
「オレが、ついてれば…」
とつぶやいて、涙を落としたのを知っている。

だからと、佐為は思う。
せめて、このヒカルと同じ顔をした少年を泣かせるような事は、
決してするまいと。
……彼の前から、突然消えて、涙を落とさせるようなまねだけは、するまいと。



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