日記 246 - 250
(246)
電車をいくつも乗り継いで、漸く目的の場所に到着したときには、もう、日が暮れかかっていた。
「ほらぁ…だから、言ったじゃん…」
うんざりしたようにヒカルが溜息を吐いた。よほど疲れているらしく、砂浜にぺたりと座り込んでしまった。
アキラは黙って辺りを見回した。なるほど、もう人影はまばらで、いるのは寄り添いながら、
ロマンティックな海辺の夕暮れを語るカップルか花火の準備をしているグループぐらいしか
いない。だけど、風は優しく髪を梳いていき、潮の香りが身体の中を通り抜けていく。
アキラもヒカルの隣に座った。両手を後ろについて、身体をやや後ろに倒す。二人とも
黙ったまま、空の移ろいを見ていた。茜色から、紫…そして濃紺へと変わっていく様は
言葉に出来ないほど美しかった。暫くして、闇の中にボンヤリと炎が浮かび上がり、そこかしこで
華やかな黄や赤が爆ぜるのが見えた。
「…………病気のときってみんな優しいよな…」
ヒカルがポツリと言った。アキラは黙って続きを待った。
「風邪ひいて熱出すとさ…お母さんがオレの好きなものをいっぱい作ってくれるわけ…
お父さんもオレの欲しかったおもちゃおみやげに買ってくれたりして…」
ヒカルは砂を弄び、手の隙間から落としてはまた拾い上げた。
「でも、風邪が治ると、またいつも通りで……嫌いなもの残して怒られたり……」
近くにいてもヒカルの表情はよく見えない。だが、口調は穏やかで優しかった。
「そんで、オレ、つまらなくて…ずっと、病気のままでいればよかったって………」
そこで、ヒカルは話すのをやめてしまった。沈黙が二人を包んだ。アキラは何も言わない。
ヒカルの話はまだ終わっていないと思った。
「……………今、みんな優しいだろ……?オレが心配かけたせいだとは、わかっているんだけど……」
ヒカルは立てていた自分の膝に顔埋めた。
「オレはもう大丈夫だと思っていたんだけど………みんなが優しいから…………」
「………………やっぱ……まだ…ダメなのかな…って……」
(247)
ヒカルはそれ以上何も言わなかった。顔を伏せたまま、身体を震わせている。
――――――ボクはバカだ………
アキラは唇を噛みしめた。
何でも先回りして、ヒカルの前から危険なものを遠ざけていればいいと思っていた。ヒカルが
大切だから…傷つくところを見たくなかったから…そうやって守っていればいいと思っていた。
ヒカルは自分で一生懸命立ち上がろうとしていたのに、それに気付いていなかった。
「…………ゴメンよ…」
今度は、ヒカルも怒らなかった。代わりに顔を少し、アキラの方へ向け
「オレも、心配かけてゴメン………」
と、謝った。
静かな波の音と少し遠くで聞こえるはしゃいだ声。歓声が上がるたび、綺麗な火花が小さく
夜空に散った。
「帰ったら、オレ達もしような…花火…」
ヒカルの手が、砂の上の自分の手に重なった。
(248)
「ここもダメなら、駅に戻って待合室で夜明かししよう…」
アキラのこの提案にヒカルは怒ると思っていた。だが、意外にもヒカルは「いいぜ」と笑って
了承した。
「でもオレ、駅より海がいいな…」
青白い顔に似合わない明るい笑顔。
既に、四件断られている。ピークは過ぎているものの夏を楽しむ人はまだまだ多いらしく、
ヒカルが最初に言ったように、何処の宿もいっぱいだった。
「飛び込みでなんて、無理だよ。ぜーったい、ムリ!海で野宿決定!」
ヒカルは、笑って言った。
「そうだね。無謀だったかも…」
「ここで待ってて…」
ロビーの椅子にヒカルを座らせて、フロントに向かった。ヒカルは野宿でもいいと言ったが、
どう考えてもそれは、彼には酷だ思った。笑ってはいるが、顔色はあまりよくない。衝動的に
連れ出してしまったことを、今ごろになって後悔した。
アキラがヒカルの元へ戻ったとき、彼は椅子に身体を沈めるようにして瞳を閉じていた。
気配を感じたのか、ヒカルがゆっくりと目を開ける。アキラはそれを待った。
「とれたよ。」
アキラがそう告げると、ヒカルは安心したようなどこかガッカリしたような複雑な表情を浮かべた。
(249)
昨日、塔矢と海に行った。
突然何言い出すんだコイツとか思ったけど、行ったら結構楽しくて、何かスッキリした。
モヤモヤが風に吹き飛ばされたみたいな感じ。
宿は四件ことわられて、五件目でやっとゲットできた。
オレは海で野宿も楽しそうだと思ったんだけどな………………
四件ことわられたのは、満室もあったかもしんないけど、もしかしたらオレたち家出少年に見られたかも………
オレは大きめのDAYバッグだからまだしも、塔矢なんてセカンドバッグ一個だよ。
…………イヤ、だから泊めてもらえたのかな?
どう見てもアイツは家出するようには見えネエもんな。
真面目そうだし、人当たりいいし、冷静そうに他のヤツには見えるかもしんねえ。
ちぇ…ずるいよな…
泊まった部屋は和室で、もう布団がしいてあった。
海が見える大浴場があったらしいけど夜でどうせ見えないし、ちょっとつかれてたので
備え付けのお風呂で簡単に汗を流した。
最初は別々の布団に寝たんだけど、二人でいるのに別々に寝るのもヘンな気がして
オレは結局塔矢の布団に潜り込んだ。
エッチはしなかった。
帰る前にもう一度二人で海を散歩した。
「今度は泳ごうねと」塔矢が言ったから、オレも「うん」って答えた。
みんな楽しそうで、真っ黒に日焼けして、オレが自分と比べていたのをアイツは気付いていたみたい。
何か、久しぶりに書くとキンチョウする。
スゲー間だがあいたけど、オレ、ここには楽しいことしか書きたくない。
フツーの日記と違うけど、いいよな。
(250)
ぬれた髪でベッドにダイブ。
塔矢に怒られるかと思ったけど、アイツは笑って見てる。
今日のアイツはキゲンがいい。
オレは逆におもしろくない。
今日二人で花火をした。
打ち上げいっぱい買っておいたし、塔矢にもらった花火も持って公園に行った。
普通の花火もして、打ち上げ花火もして、それからトリに塔矢の花火をした。
パラシュートつけて落ちてきたカエルの人形は黄色だった。
黄色はオレのラッキーカラーだ。
そう言ったら、塔矢がオレのカエルを欲しいと言った。
…………いいけどさ…オマエ…コレ、オレにくれたんじゃねえの?
そしたら、アイツはオレの顔の横にカエルを並べて、
「キミにそっくりだ」
と、言いやがった。
ガ―――――――――――――――――――――――――――ン!!!
ショックだ………
「色といい、目の大きなところといい…兄弟みたい…」
もうイイ!ダマレ!
「カワイイってほめているんだよ?」
絶対ほめ言葉じゃネエ!
塔矢がかき氷が出来たって言ってる………食べ物でつれると思っているところがムカつく………
しょうがネエから許してやる……
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