平安幻想異聞録-異聞- 249 - 250
(249)
(だけど、それでも本当にこのヒカルが、あの検非違使の少年の
生まれ変わりであると言うのなら…)
と、佐為は思う。
――今生のヒカルを泣かすような真似だけはすまいと。
千年前、入水してからもしばらくは、自分は霊となって、京の街を
さまよっていたから、出雲から帰った近衛ヒカルが自分の死を聞き、
どんなに悲しんだか知っている。
出会った頃より大人びた顔立ちに変わった、あの検非違使の少年が、
誰も打つ人のいなくなった碁盤の前に泣き崩れて
「オレが、ついてれば…」
とつぶやいて、涙を落としたのを知っている。
だからと、佐為は思う。
せめて、このヒカルと同じ顔をした少年を泣かせるような事は、
決してするまいと。
……彼の前から、突然消えて、涙を落とさせるようなまねだけは、するまいと。
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「おーーい、佐為、お前の番だぞー」
かけられた声に、はたと我に返り、次の一手の場所を指し示す。
『明日はいよいよプロ試験最後の一戦。越智との対局ですね』
「うん、越智には研修手合で勝てたことは一度もないけど、でもオレは
この三カ月で強くなった。今度は負けない」
『えぇ、いい勝負になると思います』
「おまえさー、『絶対勝てます』とかいって、オレを励ましてやろうって
気はねぇのかよ」
窓の外は、心地いいほどに高い秋の空。雲は夕の光りに照らされて、金色に
その輪郭を浮かび上がらせていた。
「秋だなーーー」
一局打ち終わり、ベットの上に座ったヒカルが窓越しに、隣家の庭にしつらえ
られた、菊の花壇を眺めながら言う。
「オレ、菊って嫌い」
佐為が、このヒカルと、あの近衛のヒカルが別人だと思う一番の理由が
これだった。
進藤ヒカルは菊の花が嫌いらしい。
「だってさー、葬式の花じゃん。あとは、お墓参りに持っていく花とか〜。
辛気くせぇよ」
あの近衛ヒカルと同じ面差しで、このヒカルはそんなことを言う。
「あとは、仏壇にあげる花とかさ〜、イメージ悪っ!……あぁ、でもさ」
窓の外を眺めていた進藤ヒカルが、佐為を振り返った。
「菊の香りは好きかも。なんか、佐為の匂いって気がするよ」
そのあと、「あ、別に死人の花だからってわけじゃないぜ」と言って笑った
少年の金色の前髪が、佐為には、ひどく眩しく思われた。
<平安幻想異聞録-異聞-・了・>
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