うたかた 25
(25)
「家まで送る。」
「いいよ、いま小雨だから。」
「腰痛いんだろ。」
「家までそんなに遠くないし、大丈夫だって!」
「熱ぶり返したらどうすんだよ、せっかく平熱になったってのに。」
「加賀の服、でかいから暖かいぜ。」
雨足が弱まりはじめ、加賀とヒカルは玄関先で10分近く押し問答をしていた。更に口を開こうとする加賀を遮るように、ヒカルが音を立てて傘を開く。
「看病してくれてサンキュな。」
「…おう。」
道路に出て傘を小さく振るヒカルを見て、心のどこかが疼いた。
「進藤。」
呼び止めて、抱きしめて、もう一度その体を味わいたい。
「…………また連絡する。」
けれど、口から出たのはそんな言葉だった。
「うん、待ってる。」
ヒカルは柔らかく微笑んで、加賀の家をあとにした。加賀は、その小さな後ろ姿がすっかり見えなくなるまで、玄関に立ち続けた。
──── 一体いつから、あんな表情をするようになったんだ。
自分が葉瀬中にいるときのヒカルは、もっと元気で子供っぽくて可愛かった。けれど今は、少し愁いを帯びて、切なげな瞳をするようになって……そしてとても、綺麗になった。
「ヤローのくせに、反則だよなァ…。」
ヒカルが変わった理由はわからなかったが、ただ一つはっきりわかったのは、ヒカルを変えたのは自分ではない、ということだ。
「────…サイ、か…。」
暗く厚い雲の奥で、雷が低く響くのが聞こえた。
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