白と黒の宴4 25 - 26


(25)
社が終局した時まだ副将戦、大将戦が続いていた。
ヒカルの様子を見て、それからアキラの方を見ようと思って社は席を立ち、移動した。
ちらりと見た瞬間社は小さく溜め息を漏した。
(こっちもあかん、進藤も難しいか…)
ヒカルの観戦はやめて、アキラの方を見ようと一歩そこを離れかけた。
だがそれは盤上で起きている事が最初正確に把握出来なかったからだった。
目の裏に焼き付いた盤面が一拍遅れてその中に潜む情報を社に届ける。
(いや、…これは…)
改めて社は振り返ってヒカルの対局に見入る。盤面を食い入るようにして見つめる。
あり得るかぎりの流れを想像し、そこまでの流れとヒカルの次の一手を読もうとする。
恐らく相手の選手もそう感じているだろうが、ヒカルが一手一手新たに打つ度に確定したはずの
勝敗が揺らぎ、新たな局面の可能性を滲み出して行く。
社の傍らに近付く者の気配があった。
(!…塔矢…)
社の隣でアキラも盤面に目を落とすと同時に息を飲むような表情になった。
アキラは瞬時にそこから全てを読み取ったようだった。

おそらくヒカルにとって前半がかなり問題だったというのはアキラにも容易に想像出来た。
対局の大小を問わず経験量の絶対的な不足は一生ヒカルについてまわる。終盤のヨセで
微妙にその差が顕われる。そればかりはアキラがどうにもフォローしきれてやれないヒカルの弱点だ。
だが最終局面が近付いた今、届くのか届かないのか、ヒカルはその間際まで近付いた。


(26)
明日の韓国戦で大将となって高永夏と戦うためにヒカルはがむしゃらになっていた。
石を打つ度にヒカルの全身から、石を置く指先から白い炎のような闘志が放たれている。
その盤面からアキラはsaiの面影を受け取っていた。
ただ、全くsaiのものと同質かと問われれば違うと答えるしかない。
最初の頃はヒカルが実力を隠す為にわざと荒い手を打つ事もあるのではと思ったが、
彼がそういうタイプの人間ではない事がこれまでの経緯で確信出来ている。
興味深い打ち方をするのは確かだった。おそらく自分や社だけでなく、モニターを通して
多くの人々がヒカルの対局に注目している事だろう。
おそらく高永夏も。
北斗杯予選の社との対局以来、アキラは久々にヒカルの底力を見られる戦いを得ながら
高揚感は今一つだった。
倉田がこの対局をどう判断するかが気になった。

そして猛追するもあと一歩届かないままヒカルは終幕した。
「…負け…ました…」
アキラが耳を塞ぎたくなるような痛々しい声でのヒカルの宣言だった。
相手の中国の選手が言葉少なく手早く石を片ずけて席を立つのと対照的に、ヒカルはすっかり
燃え尽き魂が冷えきったような表情で動けずに居る。さっきまでとは別人のように、
母親とはぐれた仔犬のように今にも泣きそうな顔でしょぼんとしている。
関係者らが昼食や次の準備のためにいなくなった会場には日本チームだけが残された。
ヒカルの並々ならぬ意志による戦いを間近で見守っていた社とアキラは無理にヒカルを
立たせる事は出来なかった。



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