平安幻想異聞録-異聞- 25 - 26


(25)
しばらく、ヒカルは佐為の整った顔立ちを眺めながら、今見た夢の
中身を反芻していた。
そういえば、あの竹林で失くした父の形見の太刀は、結局そのまま
行方知れずになってしまった。
ヒカルは努めて何でもないことのように口を開いた。
「なぁ、佐為。あの日さぁ、オレが受けたのが、ただの暴行じゃないって、
 おまえはもう判ってんだろ?」
佐為は一瞬迷うように目を細めたが、心を決めたように答えた。
「――そうですね。ヒカルの場合、普通の狼藉を受けただけでは触れられることの
 ないような場所が、むごたらしいことになっていましたから」
「………」
「忘れておしまいなさい。それが1番です。そのような卑怯な真似をするような
 やからは、天神様が見ていて、そのうち必ずバチを与えて下さいますよ」
「天神様って、菅原の一族じゃん。それがおなじ菅原姓のあいつに、
 バチなんか下してくれるかなぁ」
「ヒカル…」
「座間と菅原だよ。オレにこんなことしたの。だから、佐為も気をつけろよな。
 あいつら、お前にも何するかわかんないぜ。あと賀茂にも気をつけるように
 言っとかないと。藤原行洋様には、さすがに直接なんかするとも思えないけど」
「人の心配はいいですから、今は自分の体を休めることをお考えなさい」
「佐為……あのさぁ」
「なんです?」


(26)
夢の余韻が、ヒカルにそんなことを口に出させた。
「オレってはたから見ると、その、おまえの稚児みたいに見えるのかなぁ」
「誰がそのようなことを。そのような口さがない噂話など
 無視しておやりなさい」
「おまえもさ、オレにそういうことしたいって思ったことあるの?」
そういって、佐為を見上げたヒカルの瞳は揺らいで今にも泣きそうだった。
だから、佐為は必要以上に声を張り上げてしまったのだ。
「そんなわけないでしょう!」
「佐為」
「ヒカルは私の警護役。検非違使の仕事だってちゃんと勤めあげているではないですか!
 一人前の武士に対するのと同様の敬意を払いこそすれ、そのように稚児のごとく
 扱うなど、できるわけありません!」
ヒカルは佐為の剣幕に目を見開いた。
「……うん、わかった」
そう言ってヒカルは、少し笑ったが、その瞳の不安げな色が少しも薄れていないのが
佐為には気掛かりだった。



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