金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 25 - 26
(25)
アキラはションボリと項垂れて、さらに奥へと進んでいった。
「ハァ〜」
盛大な溜息を吐いて、通路を歩くアキラの目の端に赤いものが横切るのが映った。
『ナニ?花びら?』
そちらの方へ首を向けると、ヒラヒラした尾びれを振りながら、金魚が泳いで行くのが見えた。
他の金魚よりずっと身体が小さくて、そのくせ元気に水槽の中を泳ぎ回る赤い金魚にアキラの目は
釘付けになった。
「落ち着きないなあ。」
他の金魚がゆったりと水中を漂う中、その一匹だけは忙しなく動き回る。
アキラはいつの間にかその金魚から目を離せなくなった。
「アキラさん、ごめんなさい。遅くなってしまって…」
母が重そうな買い物袋を手にアキラを迎えに来た。アキラは夢中になって何かを見ているらしく、
母の声に気付いていない。そっと、後ろから近づいて何にそんなに夢中になっているのかと
覗き込む。
「あら…可愛い。流金ね。」
その感嘆の声に漸くアキラは母が迎えに来ていたことに気が付いた。縋るような目をして
振り向いたアキラに、母は「あら?どうしたの?」と、優しく声をかけた。
アキラは母のスカートに縋り付いた。
「お、お母さん…!」
「ん?」
ゆったりと聞き返す母とは対照的に、アキラはつっかえながら早口で訴えた。
「こ、この金魚買って。ボク、一生懸命面倒見るから…」
「お願いします。」
ぺこりと頭を下げるアキラに、母は少し面食らったようだ。アキラがこんな風に何かをねだるのは
およそ珍しい。
「お願い、お母さん…お手伝いもいっぱいするから…」
アキラは必死に訴える。母の沈黙をアキラは拒絶と考えたからだ。
「よほど欲しいのねえ…」
母がしみじみと…半ば呆れるように呟いた。
「いいわ。でも、アキラさんがきちんとお世話をしてあげるのよ?」
その言葉にアキラは顔を真っ赤にして、何度も頷いた。
(26)
そうして、金魚はアキラの元に来ることになった。生まれて初めて手に入れた恋しい金魚。
まさに一目惚れといってもよかった。
「水槽も買わなくてはね。」
母がにっこり笑って、指をさす。指した先には、水槽が並べられていた。簡単なプラスチックの
ものから、緒方さん家にあるようなキャビネットが付いている大きな水槽まで所狭しと
並んでいた。
「どれがいいかしらねえ…」
母同様アキラも迷っていた。何せ、金魚に限らず動物を飼うのは生まれて初めてなのだ。
きょろきょろと廻らせた視線の先に、丸いガラスの器が見えた。
「お母さん、あれがいい。あれにする。」
金魚の尾っぽとお揃いのヒラヒラの縁取りが付いた丸い金魚鉢をアキラは選んだ。
金魚と金魚鉢、それから水草と敷石、餌。アキラは小さな両手にそれらを抱えて、よたよた歩いた。
「アキラさん。重いでしょう?お母さんが持ってあげましょうか?」
と言うありがたい母の言葉をアキラは頑なに拒んだ。母の両手も買い物した荷物でいっぱいだ。
それにこれだけは、どうしても自分で持ちたい。
「金魚が大きくなったら、もっと大きな水槽に替えましょうね。」
「うん。」
お店のお兄さんは、金魚鉢より大きな水槽を勧めてくれた。小さな金魚鉢では窮屈で金魚が
死んでしまうのだそうだ。
―――――それなら、金魚鉢なんか置かなきゃいいのに…
ヒラヒラの金魚鉢の中で、アキラの小さな赤い金魚が泳ぐところを想像して、どうしても
欲しくなってしまったのだ。
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