落日 25 - 26


(25)
「ふふ…そうですね。」
そうだろう?
「近衛が言うと、本当に出来そうな気がします。」
気がする、じゃなくてさ。ほんとにすれば良いんだよ。
「連れて行ってくれるのですか?」
ああ、連れてってやるとも。
「でも……本当に大丈夫でしょうか?」
大丈夫さ。
「……近衛は……怖くはないのですか?」
何が?こら、俺の剣の腕を疑うのか?あん時よりもずっと腕を上げたんだぜ。
怖いものなんか何もないさ。
「いつの間に、そんなに頼もしく成長したんでしょう。」
当たり前さ。俺だっていつまでも子供じゃないんだから。さ、行こう、佐為。
「ああ、近衛、」
な、なんだよ…佐為……
「大好きですよ、ヒカル。本当に、私はあなたのことが…」
うん……俺も、俺も佐為が大好きだ。
「大好きです。私にとって一番大切な人です。ヒカル。だから……」
佐為?……佐為、…どうしたんだ……?


(26)
「だから、ヒカル……」
それで夢は途切れてしまった。
目を開ける前から自分が泣いている事に気付いていた。
だから、と彼は続けて何を言いたかったのだろう。
夢ならば、ずっと夢見ていたかった。
醒めてしまいたくなかった。
ずっとあのまま夢を見続けていたかった。
それでもやはり夢は夢に過ぎず、目を覚ませば傍らに彼の姿は無く、彼があのように微笑むのを
見ることはもうできない。
彼はもういない。どこにもいない。
目覚めてしまえば現実は容赦なくヒカルに事実を思い知らせ、ヒカルの頬を涙が一筋流れ落ちる。
――佐為。
夢に見た幸せそうな微笑みを思い出そうと目を閉じ、抱きしめた広い胸を思って手を伸ばす。
けれど両の手は虚空を彷徨い、目の裏に浮かんだのは夢の中の優しい笑顔でなく、最期に見た、
白い静かな面。もう決して目を開けることの無い、冷たく冷えた白い面。
それでも彼の口元には僅かに笑みが浮かんでいるように思えた。まるで、ほんのひと時、眠りに
ついているかのようだった。声をかければ目を覚ますのではないかと思われるほどだった。

水は冷たかっただろうに。水の中は苦しかっただろうに。
俺は何もしてやれなかったのに。
なのにどうしてそんな風に笑ってるんだ。

どうして最後に俺に逢いに来たんだ。
守ってやるなどと大きな口を叩きながら何もできなかった。何も知らなかった。
おまえは俺に何を望んでいた?どうして欲しかった?俺はどうしたらよかったんだ?



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