初めての体験 Asid 25 - 28
(25)
暫くして、桑原本因坊は中座したことを詫びながら戻ってきた。そして、ボクの膳の上を
チラリと眺め、椀が空になっているのを確認すると、満足そうに頷いた。自分の企てが
図に当たりそうなことに、にわかに機嫌を良くして、お酒もよく進むようだ。ほとんど
手つかずだった料理にも箸をのばし始めた。実に楽しそうだ。
先生、ボクも楽しみです。早く、それ、飲んでください。
「どうじゃ?旨いか?」
本因坊が、料理に舌鼓を打ちながら、ボクの様子を窺う。
「ええ、とても…特に、椀盛りが絶品で…」
本当は、一口も飲んでいないけどね。
「ほう…?」
本因坊は、面白そうにボクを見て、少し冷えてしまった椀を口元に運んだ。
「……う…む…」
「温かいときは、とてもおいしかったんですよ。」
老人は一口だけ飲んで、椀をおいてしまった。残念だ。もう一口くらいいって欲しかった。
まあ、いいか。一口でも効き目はあるのかな。どれくらいで効いてくるのかな。
ボクと桑原先生は、笑顔で語り合う。端から見ていれば、実に和やかな光景だろう。
だが、その胸中は推して知るべし……だ。ボクには、老人の考えが手に取るように
わかるが、向こうはボクが何を考えているかわかっているのかな…。
(26)
小一時間もすると、本因坊の落ち着きがなくなってきた。
「どうかなさいましたか?」
「いや……」
老人は、なんでもないと手を振ったが、肩で息をつき明らかに様子がヘンだった。ボクは、
口の端だけで笑った。俯いている老人には、その笑みは見えなかっただろう。
苦しげに呻く老人の背後に回って、そっと背中をさする。
「大丈夫ですか?」
「…ああ…」
桑原本因坊は、辛そうに返事をした。手が震えている。
背中をさすりながら、ボクは続けた。
「料理に何かおかしな物でも入っていたんでしょうか?例えば、椀盛りの中にでも…」
「―――― !!」
本因坊がギョッとして、振り返った。
その瞬間、ボクは、老人を突き倒して馬乗りになった。本因坊の顔は、驚愕と不安に
彩られていた。ボクは、真上から、その表情を楽しんだ。本因坊と呼ばれるこの老人に
こんな顔をさせたのは、囲碁界広しと雖も、ボクぐらいではないだろうか。
「先生…本当はボク飲んでいないんです…」
「ボクの分は、先生が飲んでしまわれたので…」
ボクは、最高の笑顔を作ったつもりだが、老人は恐怖で口もきけないようだった。
(27)
ボクは、老人の身体を片手で押さえ付けながら、ベルトに手をかけた。片手で金具を
弄るのに少しばかり苦労したが、何とか外すとそのまま勢い良く引き抜いた。
怯える老人の目の前で、ベルトを両手で持ち、撓らせて見せた。パシン―――と、
小気味良い音が座敷に響く。
何だか、ワクワクしてきた。調子が出てきたのかもしれない。最初はあまり乗り気では
なかったが、あの怯えた目がボクを高ぶらせるのだ。
ボクは腰を少し浮かせ、本因坊の身体を反転させると、後ろ手にベルトで縛り上げた。
薬のせいで身体の利かない老人にするような行為ではないが、ボクは容赦する気はない。
この老人は、ボクを弄ぼうとしたんだ!絶対、許せない。
ボクは、本因坊のズボンと下着を取り去った。老人のグロテスクなモノは、もう鎌首を
もたげていた。しかし、シワだらけの老人斑の浮かんだ下半身を目にした瞬間、ボクの
身体の熱は急激に冷めた。はっきり言って醜い。
だが、熱が引いたことにより、ボクは自分の頭が却って冴えていくのを感じた。今回は、
冷静に対処できそうな気がする。今までは、ボクが未熟なために、行為に興奮して少々
やりすぎたりもしたし……。
ボクは、一度決めたことは必ずやり遂げる。相手が老人だろうが、猿だろうが関係ない。
いつか進藤と……するために、練習台になってください。桑原先生。
(28)
ボクは、自分のベルトを抜いた。そして、バックルを握るようにして、手に一回巻いた。
空でそれを振ると、ヒュンと風を切る音がした。続けて二度、三度振ってみる。これは、
威嚇だ。老人は、鋭い音が響く度に首を竦ませた。
ボクは、本因坊の傍らに膝をついた。
「ご気分はいかがですか?」
老人は答えない。
「いつも、こういうことをしているんですか?」
答える気がないのか、答えられないのか相変わらず無言のままだ。ボクも返事を期待して
いるわけではない。ただ、言葉で嬲っているだけだ。きっと、今までに何人もの若手棋士が
この老人の毒牙にかかっているに違いない。もっとも、ボクも人のことは言えないのだが…。
突然、ある不安が頭を過ぎった。この老人がボクの考え通り、若手棋士を陵辱してきた
のなら、もしかしたら進藤も…?本因坊が、あの可愛い進藤に目を付けないわけがない。
そう言えば、以前進藤は、本因坊の指導碁に付き合わされたとか言ってはいなかったか?
えらく不機嫌で、老人に対する怒りを隠そうともしなかった。あの時は、さほど深い意味が
あるとは思っていなかったので、ボクは、その理由を追求しなかったのだが…………。
こうなったら何が何でも、桑原本因坊の口を割らせないと――――――ボクの予想通りなら
ただではおかない。例え、勘違いだったとしても、ボクをここまで不安にさせたこの老人を
許す気はない。八つ当たりだろうがなんだろうが、絶対に許さない。
|