日記 251 - 255


(251)
 濡れた髪にタオルを引っかけて、ヒカルがベッドに倒れ込むのを横目で見ていた。
ヒカルはちらりとアキラの方を見て、様子を伺っている。ちょっとむくれたような不機嫌な
顔つきは、本人の思惑とかけ離れてヒカルを妙に可愛く見せた。
 アキラは何も言わずに立ち上がる。前を通ったとき、ヒカルがベッドの脇に置いた自分の
荷物を引っ張り寄せて、中からノートを取り出すのが見えた。
「日記書くの?」
「うるせえ…!」
拗ねた口調で、そっぽを向いた。ご機嫌斜めな原因はわかっている。アキラは笑って部屋を出た。

 「オマエさあ…もうそろそろアレ外せば?」
ヒカルがイチゴのシロップのかかったかき氷を口に運びながら、言った。
「アレ?」
問い返したアキラに、彼は無言で指を指した。指された方角から、微かに硬質の澄んだ音色が聞こえる。
「もう、九月もすぎてるんだぜ…?」
かき氷を頬張りながら、風鈴を気にするヒカルがなんだか可笑しい。
「やだよ。キミと夏のイベントを一通りすませるまで外さないよ。」
「ガンコだな!金魚すくいなんか、来年までもうねえぞ。」
一年中つるす気かよ―と、ヒカルが呆れた声を出した。
「いいよ。それまでずっとつるしておくから……」
それに対する返事はなかった。もっとくってかかってくるかと身構えていたのに、拍子抜けだ。
そう思いながら、ヒカルを見ると、彼は今にも泣きそうな顔をして、氷の器にじっと視線を
注いでいた。
「………ありがとう…」
実際は器を見ていたのではなかったのだろう。そうやっていないと、泣いてしまうから、
ムリに意識を集中させていたのだ。
 急にしんみりしてしまった空気を振り払うように、ヒカルが明るく笑った。
「金魚とったら、やるからな!」
「…………うん…楽しみにしておくよ…」
アキラは、ヒカルのために二杯目の氷にレモンのシロップをかけた


(252)
 夏服と間服とを入れ替えようと、アキラはクローゼットの中から洋服を引っ張り出した。
自分で洗濯するもの、クリーニングに出すものとをてきぱきとより分け、ポケットの中を探る。
何も入っていないのを確かめ、袋の中へ詰めていった。そうしてまた次へと手を伸ばす。
「…あれ……?」
ジャケットの内ポケットに何か入っていた。カサカサと軽い音を立てながら、それが引っ張り出された。
 「あ……」
アキラはそれを手にとって、愛おしげに撫でた。
 ヒカルからの手紙をもらったことをすっかり忘れていた。手紙を読む前に、ヒカル本人が
直接自分のところに来てくれたので、それどころではなくなってしまっていたのだ。
――読んでみようか?
何が書いてあったのか気になる。あの時はもしも別れを示唆する内容だったら、ヒカルのところへ
怒鳴り込んでやろうとも思ったが、今なら何が書いてあっても冷静でいられる。ヒカルは
ちゃんと自分の腕の中にいるのだから………。
 好奇心にかられて、封筒の底に鋏をあてた。そして、慎重に封を切ると、中から、薄い便せんを
とりだした。便せんだと思っていたものは、どうやらノートを切り取ったものらしい。それがヒカルが大切にしているノートであることに、アキラはすぐに気が付いた。
 折りたたまれた紙を丁寧に開いていく。すこし緊張しているのか、手が震えた。彼から
初めて受け取った手紙には、いったい何が書いてあったのだろうか…

 書いてあったのは、たった一言だけ。それも、隅の方に小さく書かれていた。その言葉を
見つけた瞬間、アキラの口元に優しい笑みが浮かんだ。


(253)
最近、塔矢のヤツはものスゴクキゲンがいい。
何かよくわからないけど、オレにすごく優しいし、あまり怒らない。
塔矢が静かだと気持ちが悪い。
でも、どれくらいまでガマンできるかためしてみたくなったので、
いろいろワガママ言ってみた。
でも、アイツはしょーがないなという感じで笑っていて、オレは自分がスゲーガキっぽく思えた。
何だよ!そのヨユーは!?
オレがムッとしていると、塔矢がソフトクリームを買ってくれた。
オマエ、食い物でオレのキゲンをとろうとしているな?
「そういうわけじゃないよ。キミからすごくいいものをもらったから、お返ししたいと思って」
そう言っていたけど、オレ、アイツになんかやったっけ?
わかんねえ…ナゾだ………


(254)
今日、森下先生のところに行った。
研究会を辞めるためだ。
すごく怒られることを覚悟して行ったのに、先生はあっさり「わかった」とだけ言った。
理由も何もきかれなかった。
それから「気が向いたらまた来い」って言ってくれた。
いつか行けるかな?行けるといいな。
オレが落ち込んでいると、塔矢がアイスクリームを買ってくれた。
コンビニの高いヤツだ。
コイツは、やっぱり食べ物を与えておけばいいと思っている。
でも、おいしかったので礼は言った。


(255)
久しぶりに緒方先生のところへ行った。
お母さんに言ったら、「お礼とお詫びに」って付いてきそうな勢いだった。
何とか止めたけど、かわりに団子をいっぱい持たされた…なんで団子?
そしたら、中秋の名月なんだって…お月見団子いっぱい作ったんだって…
オレ、月見はどうでもいいけど、団子は好きなので喜んで持っていくことにした。
塔矢に言ったら、笑われるかと思ったけど、「ススキを買おう」ってスゲー乗り気だった。
ススキって買うモンなのか?その辺にはえてんじゃねえの?
塔矢に探してみればと言われて、探したんだけど………本気で探すとないもんなんだな〜

結局ススキは買ったんだけど、ススキを持って歩く塔矢に見とれてしまった。
コイツこーゆーの似合うよな。
オレは団子でなんかさえないけど、気にしない。
途中、塔矢が「持とうか?」と言ってくれたけど、ことわった。
これぐらい持てるんだよ。いつまでも病人扱いすんな!

三人で月見をしたけど、オレはもっぱら食う方専門だった。
緒方先生と塔矢はなんか酒を飲んでいたけど、オレが欲しいって言ったら
却下(ってこの字でいいんだよな?)された。
見てない隙にこっそり飲んだら、そのあとの記憶が飛んでる。



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