日記 259 - 261


(259)
 久しぶり緒方に会い、アキラは少々饒舌になっていた。塔矢門下の研究会も父が留守がちの
今となっては、事実上休会である。しかも互いに忙しく、無理にでも会う時間を作らなければ、
なかなか会えないのだ。

 一時、冷戦状態だったとは思えないほど、二人とも何のしこりもなく和やかに会話を楽しんでいた。
アキラにとって緒方は良い兄であり、緒方にとってもアキラは可愛い弟だった。
 ふと気が付くと、妙にヒカルが大人しい。いつもなら、無理矢理にでも会話に入ってくるのに、
何のアクションも起こさない。
「あっコラ…進藤…!」
緒方の呆れた声に、慌ててそちらの方を見ると、ヒカルは完全に酔いつぶれて床の上にのびていた。
「おい…起きろ…風邪ひくぞ。」
「やぁ…眠い…」
緒方の手を振り払うその動作に、ドキリとした。緒方の手も一瞬止まってしまった。
 上気した肌。「暑い」とはだけた胸元まで、薄桃色に染まっていて目のやり場に困った。
愛らしい唇から時折漏れる息は、熱く甘いに違いない。ヒカルは二人を信用しきって、無防備な姿をさらしている。
 緒方が溜息を吐きながら、ヒカルにタオルケットを掛けた。


(260)
 「ま…何にしてもコイツが元気になってよかったな…」
「ええ…でも…」
と、アキラは口籠もった。緒方が眉を上げて、アキラを見た。無言の催促に、アキラは仕方なしに
先を続けた。
「………さっき、進藤がお酒を舐めたのを見たとき、ドキッとして………」
「……………」
「それから、今も………」
今も胸が早鐘を打っている。下手に口を開けば、そこから心臓の音が聞こえてきそうだ。
それを隠すように、アキラは口を押さえた。
 緒方が肩をすくめる。今さら言っても仕方がないことだ。それはその通りだが、わかっていても
辛い。他人の目に自分がどんな風に映っているのか、ヒカルは漠然としか理解していない。
「君がきちんと見ていてやるんだな……」
「四六時中一緒にいられるわけじゃ…」
そこまで言いかけて、口を噤んだ。緒方に愚痴を言っても仕方がないのだ。
「進藤も、もう、気安く誰にでも付いていかないだろ?多少は自覚しただろうし…」
 アキラは大きく息を吐いた。自分は緒方のように達観できない。緒方がたばこをくわえて、
火を点ける。長い指にそれを挟んで、ふーっと煙を吐いた。その綺麗な指先へと続く、骨張った
大きな手の甲に見とれた。


(261)
 「緒方さん………」
「ん?」
「手を見せてください…」
アキラの唐突な要求に、緒方は一瞬「ハァ?」と間の抜けた声を上げたが、それでも素直に
アキラに右手を差し出した。
 手相でも見てもらうかのように出された手を見て、アキラは苦笑した。
「そうじゃなくて…」
こう―と、宣誓でもするように手を立てて見せた。緒方も黙ってそれに習う。
 アキラはそっと自分の手を重ね合わせた。
「アキラ君?」
「ああ…やっぱり…………まだ…」
敵わない――アキラは薄く笑う。自分を不思議そうに見つめる緒方に、「何でもありません…」と
手を離し軽く振った。

緒方は、困惑したような笑顔を浮かべるアキラを深く追求せず、別の話題を振ってきた。
「ところで、恋文は読んだのか?」
「は?」
「鈍いな」と言うように、緒方は眠っているヒカルの方へ顎をしゃくった。
 「ああ…」
漸く合点がいって、アキラは照れ笑いをした。そんなアキラを見て、緒方はニヤニヤと人の悪い
笑顔を浮かべた。
「なんて書いてあったんだ?」
ワザと無粋なことを聞いてくる。
「秘密です。」
にっこり笑って追及をかわす。
「もったいぶるなよ。」
「もったいないですよ。決まっているじゃないですか。」
揶揄する緒方に軽く反撃をする。
 楽しかった。やはり、自分はヒカルがいなければダメなのだ。ヒカルがいるから、緒方とも
こんな風に………ずっと以前のように軽口をたたき合えるのだ。



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