失楽園 26


(26)

 喉の渇きは未だ収まらないでいる。
 赤いオレンジジュースを飲みたいと言ったら、緒方はどうするだろう。勿論ここに持ってきてく
れているということは、自分が飲んでもいいということなのだろうが、それは塔矢のために取って
おくべきものなのかもしれない。緒方の塔矢へのメッセージが隠されているかもしれない。
 ヒカルは纏まらない頭で色々なことを目まぐるしく考える。取り留めのないことを考えるのは
小さいころから得意ではなかったが、偶には考えなければならないこともある。
 アイツがいなくなったときだってオレはたくさん考えた――そして折り合いをつけることができた。
 たくさん考えて、自分の中で納得させて。その繰り返しが人生というヤツかもしれない。
「ねえ先生」
 ヒカルは隣にどかりと腰を下ろした緒方を見上げた。日本人離れした彫像のような横顔を緒方は
持っている。確かにカッコいいのは認めるが、どことなく爬虫類を思わせる目は好きになれない。
 それでも、緒方はヒカルの窮地を助けてくれた。初対面のときはやたらと大きくて怖いイメージ
しかなかったのに、ヒカルが緒方に対して臆することがなかったのは、院生試験を受けられるよう
口添えしてくれた緒方を”思ったほど冷たい人ではないのだ”と認識したからなのかもしれない。
「――なんだ」
 いつも自信に満ち溢れ、滑舌がハッキリしている緒方には珍しく、疲れきったような溜息交じり
の応えがあった。ヒカルは気後れしたようにテーブルのグラスを手に取る。待っていても緒方はお
代わりの水を注いでくれそうになかったから、ヒカルは氷が溶けたあとの水を一口飲んだ。
「あのさ、先生さぁ…」
「なんだと聞いているだろう。アキラくんに聞かれたくない話なら、さっさと終わらせろ」
 だらしのない喋り方は好かん。緒方は吐き捨てるように呟くと、足を大きく組み、膝の上で頬杖
を付いた。顎を上げ、上からヒカルを見下ろすように視線を投げてくる。



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