うたかた 26


(26)
(雨がひどくならないうちに、早く帰らなきゃな。)
 水たまりを避けながら、家路を急ぐ。靴の中まで水が染みて気持ち悪かった。

 ────加賀は自分のことを、好きだと言った。
(いつからなんだろう…。全然知らなかった…。)
 自分が鈍いということは心得ていたつもりだ。でも自分が加賀を、あんなに辛そうな表情をする所まで思い詰めていることにも、全く気が付かなかった。
「オレきっと、無神経な言葉とか言っちゃってたんだろーな…。」

 ────好き、かぁ。
 ひょっとして、オレも佐為のこと『好き』だったのかなあ。家族に向ける『好き』じゃなくて。


 熱を出したとき、瞳を開ければいつもそこに佐為が居てくれた。

 病気で心細くなっているときに、佐為の存在は何より安心できた。
 佐為が居なくなってからは、揺らめく意識の中で見えるのは、暗い部屋の壁だけだ。
 夜中に目を覚ましたときの失望を、ヒカルは知っている。それ故ヒカルは朝まで目を開けない。開けることが出来ない。知っているのに、それでも少し期待して目を開ければ、やっぱり失望してしまうのがわかっているから。
 ────だから今日の朝、加賀の背中が見えたとき、少しほっとしたんだ。

「独りで寝るのが怖いなんて…ガキみてぇ。」
 弱い自分を笑ってやろうとしたのに、にこりとも出来なかった。
 ズボンの裾が濡れて冷たい。
 家までの道のりが、ひどく長く思えた。



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