トーヤアキラの一日 26 - 27
(26)
アキラはさっきまでとは違って、黒い大きな瞳を見開いて堂々とヒカルを見つめている。
何とか自分の気持ちに偽りがない事を視線で伝えようとしていた。
そんなアキラの目をじっと見ていたヒカルは、自分の気持ちを手繰るように話し出した。
「お前に好きだって言われた時は正直驚いたよ。だけど、お前の話を聞きながら不思議に
思ったんだ・・・・・自分も同じ事思ってたから。・・・・・あの時、碁会所を出て行ってから、
オレもお前に会って碁の話がしたいって、すっごく思ってたんだ。・・・・・だけど、それが
お前を好きだという事にはならなかった。だから、考えてみるってあの時言ったんだよ。
お前の真剣な目を見て、オレもちゃんと考えてみなくちゃって・・・・」
ヒカルの意外な言葉に、アキラは驚きに眼を瞠るばかりで何も口を挟めない。
「そう思ったのに、お前からの連絡は全然無くてさ、もしかして、あの時の言葉は嘘だった
のかも知れない、って思い始めたんだ。しかも二週間前に会った時なんか、オレの顔を見て、
イヤそうにしてたよな!?お前の気持ちを受け入れてみようかな、って思ってたのに!
お前の事を真剣に考えてみようって思ってたのに!会いたいって思ってたのに!!」
アキラは思わずヒカルの手を取って抱き寄せた。ヒカルを強く抱き締めながら、
「ごめん、ごめん、ボクは自分の事しか考えてなかった。あの時も、キミからの連絡が
無いので、嫌われたと思い込んでいたんだ。だから怖くてキミの顔をまともに見ることが
出来なかった。もっと早く連絡するべきだった。ボクが悪いんだ。ごめん、ごめん進藤」
とヒカルを宥める。ヒカルはアキラに抱き締められながら弱々しく非難する。
「そうだよ、お前が全部悪い。全部全部!」
(27)
アキラはヒカルの背中に手を回して、背中のバッグごと抱きかかえていた。ヒカルは手を
ダラリと下げたままアキラに少し寄りかかるようにして黙っていた。
この一ヶ月、ヒカルの手を取って抱き締めたい、と夢にまで見ていた事が現実になって
いる。コートを通して、ヒカルの温もりが伝わってくる。アキラの頬にヒカルの柔らかい
髪が触れて、耳元でヒカルの息遣いを感じる事が出来る。
ほんの少し前までは、こんな瞬間が訪れる事は想像も出来なかったのに、今は現実の
ヒカルを抱き締めている。アキラは、嬉しさで冷え切っていた体中の血液が激しく循環
しているのを感じていた。そして高鳴る鼓動が次の行動を促す。
アキラは両手を移動させてヒカルの肩を両側から掴み、体を少し離した。愛しいヒカルの
顔を覗き込むと、ヒカルは放心したようにアキラを見る。
もう薄暗くなった公園には電灯が点いていた。その光がヒカルの瞳を照らして、キラキラ
輝いて揺らめいている。アキラはそっと顔を近づけてヒカルの唇に唇を重ねた。
唇が重なる瞬間にヒカルが目を閉じるのが見えた。アキラは目を開けたまま、軽く唇に
触れてから、ゆっくり顔を離した。ヒカルは瞑った目を開けてアキラを見詰めて来た。
その潤んだ瞳にアキラは体がゾクッと震えるのがわかる。ヒカルは小さな声で
「トーヤ・・・・・」
と呟き、そのまま口をわずかに開けて、アキラの唇をチラリと見遣る。
アキラは次の瞬間、考える間もなく、激しくヒカルの唇を捕らえていた。腕をヒカルの
コートとバッグの間に入れて、強く抱き締めると、ヒカルもそれに応える形でアキラの
背中に手を回して来た。二つの影が重なって一つになった瞬間だった。
本能の命じるままに、アキラはヒカルの口の中に舌を差し入れてヒカルの舌を捕らえた。
体で気持ちを確かめ合おうとするように、お互いに舌を絡ませながら、より強く抱き締め
合う。だが慣れていないアキラは、呼吸のタイミングがわからずに、すぐに息切れがして
顔を離した。鼻と鼻を合わせながら、お互いに荒い呼吸を整えて初めてのキスの余韻に浸る。
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