平安幻想異聞録-異聞- 番外 26 - 27


(26)
「殺してはおらんだろうな?」
気は失っていないものの、空ろに何も映さないヒカルの瞳を
菅原がのぞき込んだ。
菅原のその手には、紫苑の花が5.6本にぎられていた。
ヒカルを手下の男達に投げ与えたあと、だいたいの事が終わるまで、
座間と菅原は竹林の外で、月を愛でつつ、秋の野花をつんでいたのだ。
ヒカルの心の臓の辺りに手を当て、生きていることを確認すると、
菅原は手振りで夜盗風の男達を散らし、その場から去らせた。
「さてもさても、ひどいな有り様になったことよのう」
座間が、その口の端に笑みを乗せながら、足で、倒れ伏すヒカルの体を
こづいた。
「まことに…」
そう言って、菅原がヒカルの上で、手に持っていた紫苑の花の
花冠を揉みしだく。
その薄ふじ色の花びらが千切れて散って
精液と血にまみれたヒカルの体をいろどった。
「『落花無残』とは、まさにこのことですなぁ」
「おうおう、風雅じゃ、風雅じゃぞ」
座間が扇を口に当てて楽しそうに笑った。
「さて、顕忠、この検非違使をどうしたものか」
「恐れながら、座間様。検非違使風情のひとりやふたり、
 我らが気にする事ではありませぬ。このまま捨て置かれるがよいでしょう。
 このまま息耐えて野犬の餌になるもよし……」


(27)
「こやつが死体で見つかったことを知ったとき、佐為の奴がどんな顔を
 するか想像しただけで溜飲が下がる思いよ」
座間が喉の奥で笑う。
「まことに。ましてや寵愛する検非違使が、このような無残な死に方を
 したとなれば、佐為の君の白いかんばせが、更に白くなりましょう」
「楽しみじゃのう」
「それに、もうひとつ……」

そう言って、菅原が自分に近づくのを、ヒカルは混沌とした意識の中で
感じていた。
太刀が抜かれる気配がして、左の太ももの内側に、切りつけられるような、
鋭い痛みが数度、角度を変えて走った。
もっとも、あまりに体中の痛みが酷すぎて、それは痛みというほどには、
ヒカルを苦しめなかったが。
菅原の声がする。
「これで、万が一、この検非違使が生きて帰ったとしても、
 我らには楽しい余興となりましょうぞ」
座間が問い描けるのに、菅原がボソボソと何か説明するのがわかったが、
その話の内容まではヒカルの耳に届かなかった。
二人が手を叩いて笑う音がする。
それが最後だった。

ヒカルは、今度こそ本当に、意識を手放し、
眠りとも死ともつかない闇の中に落ちていった。


          <平安幻想異聞録-異聞-の番外+了+>



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