失着点・龍界編 26 - 27
(26)
あの夜、自分のアパートで自分を待っていたヒカルの様子を見て、
アキラは悟っていた。ヒカルの身に何があったのかを。
感情を消してはいるが、決して許している訳では無い。
アキラの目はそう示している。
ただおそらく全てをアキラに話したとしてもアキラは二人に対し
何か具体的に行動をとる事はないのだろう。
以前からそうであった様にアキラの視界から完全に自分達は抹殺される、
アキラの住む世界に二人は居ない者となる。それだけなのだ。
現実にそうならないだけでも良しとするべきだった。
アキラに殴られるか非難される事で罪の意識を軽く出来ないかと考えていた
和谷と伊角の期待は絶たれた。完治したはずの痛みを呼び戻そうとするかの
ように和谷はきつく右手を握りしめる。
「…余計な事かも知れないけど、進藤に何か用事があったんじゃないのか?」
伊角が尋ねる。アキラとヒカルが会う事を両方の親から禁じられている事を
噂で知っていた。
「…よかったら…進藤に伝言しておくよ。」
アキラはその申し出を断ろうとしたが、少し考え、返事をした。
「携帯が見つかったから代わりにボクが取りに行くと、それだけ伝えて
おいて下さい。」
「…わかった。」
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何か重要な任務を預かるように伊角は受け応え、立ち去るアキラの背を
和谷と共に見つめる。
アキラにしてみれば、ヒカルが携帯を失くした事をひどく気にしていたよう
だったので、親切な人のお陰で無事に戻りそうなのを早く伝えてあげようと
思ったのだ。
ちょっと立ち寄って、携帯を受け取って、碁会所で緒方さんにでも
預ければいい。そうしようと考えていた。
ささやかな事でもヒカルの為に動く事でヒカルと会えない空白を
埋めようとしていた。
アキラは新宿に着くとメールにあった住所のビルを探し、そこに入り、
「龍山」の入り口のドアを開けた。
席亭がその姿を見るなり息を飲み、気付かれないよう顔の半分で
にやりと笑う。
カウンターの若い男が店の奥で緒方と打っている沢淵に耳打ちをしに行く。
中央の柱に弧を描くようにしてある店内で、緒方から入り口は見えなかった。
“そっちの目的”の客として特に奥まった一角に案内されていたからだ。
「あの、…こちらに、知り合いが無くした携帯が置いてあるって、
聞いたのですが。」
「ああ、そう言えば、客の誰かが預けて行ったかなあ。」
アキラはちらりと店の中の様子を見る。ヒカルが一人でこういう所に
出入りするとは思えなかった。
そのアキラの視界を邪魔するように席亭と一人の男が前に立った。
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