Shangri-La 26 - 30
(26)
「ダメだよ…ここもちゃんと洗わなきゃ」
「やっ…、じっ…自分でするよっ」
ヒカルは逃げようともがいたが、アキラはしっかりとヒカルの腰を
抱いていたため、ヒカルはバランスを崩しただけに終わった。
アキラはヒカルの腰を抱きかかえたままで、ヒカルのために少し壁に寄り
上半身を預けさせると、人差指と薬指で破れ目を押し広げながら中指を前へ進めた。
「ちょっ…塔矢っ!やめ…」
ヒカルは思いもよらず、しかも初めて後ろに手をかけられた嫌悪感で
アキラから逃げようと身を捩った。
「ごめんね、大人しくしてて…すぐ済むから…」
アキラはさらに指を前に進め、幾度もそっとなぞった。
「やっ…、やだ……っん…ぁぁ…」
ヒカルの意思とは裏腹に、ふぅっ、と漏らした溜息は熱く
今日初めてヒカルから温度を感じて安堵するのと同時に、
ヒカルの反応を背中から見るのは初めてだったアキラは
これまでになく興奮していた。
「ご苦労さま。はい、座って」
アキラの言葉に、ヒカルがほっと溜息をつく。
ヒカルを座らせると、アキラはヒカルの前に跪き、
自分の膝の上にヒカルの足をのせ、足首から先を丹念に洗い始めた。
足の裏を撫でるとヒカルはくすぐったがったが、
指の一本一本にまで泡をまぶすと少し息が上がった。
ちらりと上目遣いにヒカルを見ながら、もう一方の足も丹念に洗い
足首から上に向けてさらに撫でていった。
脚の付け根で勢い良くそそり立ったモノに、思わず目が留まる。
(―――おいしそう…)
アキラはごくりと生唾を飲み込んだ。
(27)
身体は正直に反応してしまっているが、それはどうにでも理由がつく。
それより、ヒカルに警戒され拒絶されることをアキラは恐れた。
平静を装い、手は休めずヒカルを洗っていくが
もうヒカルの感触を楽しむ余裕はなかった。
欲望と恐怖とのせめぎ合いで身体がばらばらに引き裂かれそうで
その感覚と戦いながら、やっとヒカルから泡を流し落として
湯船に浸からせると、疲れと安堵が残った。
アキラは自分のことは手早く洗いながら呼吸を整え
ヒカルのいる湯船に入った。
ヒカルを脚の間に座らせ、背中を預けさせると、かかる重みが心地よかった。
そして、かつて同じ体勢でヒカルがアキラにしてくれたように髪を撫でた。
ヒカルの手がアキラの髪を撫でるとき、その手から負の感情が抜かれ
安らいでいく感じがするのが、アキラはとても好きだった。
自分の手も、同じように働いてくれれば、いいけど……
「塔矢…、オレ、なんでこんな疲れてんのかな…」
「―――うん、疲れたね…。」
アキラはそっとヒカルを抱き締め、続けた。
「今日はゆっくり、休もう。ゆっくり眠れば、明日には…」
「眠る…?」
「大丈夫、全部忘れて…ほんのちょっとの間だけ忘れれば、眠れるから」
ヒカルは暫くの沈黙の後、消え入りそうな声でなにか呟いた。
アキラはヒカルの顔を覗き込むと、頬を指で撫でた。
「ボクも、手伝うから…明日の朝まで、忘れていられるように」
ヒカルは首を捻って、不安げにアキラを見た。
「だからもう、何も考えなくて、いいから…」
アキラは微笑むと、優しくヒカルの唇を吸った。
(28)
「塔矢って、あったかいのな…」
ベッドの中でヒカルは、アキラの胸に顔を埋めた。
きゅっとヒカルを抱き締めながら、何とか寝つかせようと、アキラは話題を探す。
会話するのではなくて、一方的に話すことが出来るような、
子供の頃枕元で聞いた子守歌とか、昔話とか、そんなようなもので
余計なことを考えさせない何か……
結局、以前ヒカルの腕の中で見た夢の話から始めた。
南の国の、青くて綺麗な空と海――浜辺の景色や海の様子、穏やかな気候。
いつか二人で行ったら一緒にしてみたい、いろいろなこと――
思いつくままに夢語りをしている間に、ヒカルは寝息を立てていた。
アキラはヒカルの寝顔を確かめると、ぎゅっと目をつぶって
ヒカルの寝息に引きずられて自分にも睡魔が襲い来るのを待った。
ヒカルは、最近の習慣どおり、短く浅い眠りから覚めた。
うっすらと開いた目に見慣れた暗い天井が映り、すぐ隣でアキラが眠っている。
病院にいるはずなのに、あれ?と一瞬うろたえた。
アキラを起こさないよう、そっとベッドを降りて階下へと向かうと
水を一口飲んで軽く溜息をつき、ぼんやりと暗闇を見つめ、
時間をさかのぼり記憶を辿る。
先刻までは、頭の中は夜の森の中にいるようだった。
頭はすっきりと冴えているようで、でもいざ何か考えようとすると
濃い霧で覆われて足下すら見えず、不安に胸が詰まった。
なのに今は。
頭はぼうっとして重たいのに、思考の引き出しは滅茶滅茶に開いていて
沢山のとりとめもない事が、その全部の中から溢れて
澱みなく止めどなく、まるで洪水のように頭の中を流れていく。
その洪水は、不思議とヒカルの不安を押し流してしまっていた。
(29)
「――進藤?」
ヒカルはゆっくりと声のした方を振り返った。
はっきりは見えないものの、アキラは眠たげに目をこすっているようだ。
「やっぱり、眠れなかったんだ?」
「あ、いや…、喉、乾いて」
ヒカルは手元のグラスをかざして見せた。
「ふぅん、でも、あんまり起きてちゃダメだよ。癖になるから」
アキラは意外にもあっさりとヒカルを置いて、キッチンを後にした。
(寝ぼけてる…のか?まぁ、いっか…)
ここ最近を振り返るに、たぶん今晩はもう眠れないだろう。
大体にして、暗いうちに眠れただけでも奇跡的だ。
することがなくて、ヒカルはまた、流れる記憶に意識を預けた。
しかしそれは濁流のような量と勢いでヒカルを苛み
暫くの間、思考を放棄してきた頭には、少し荷が勝ちすぎた。
思考に疲れ、何も考えないよう漫画でも読もうとして、部屋へ戻った。
アキラはベッドの上で身体を半分起こし、うつらうつらと船を漕いでいた。
「塔矢、変な格好で寝るなよ…、塔矢?」
手を貸して横にしてやると、ヒカルにしがみついた状態のまま
アキラはにっこり笑いかけてくる。
おやすみ、と囁くと、アキラは微笑をたたえたまま、貪るように口づけてきた。
ヒカルは驚いて身を引こうとしたが、アキラの両腕に搦め捕られて
なすがままにベッドに組み敷かれた。
執拗に舌を求めるアキラにヒカルが負けて、舌を少し浮かせると
アキラは無心にヒカルの舌と戯れた。
(30)
舌を絡めあう湿った音と、熱い吐息がアキラの頭の中でこだまする。
(また、この夢か…)
ひどくリアルなセックスの夢。ここ最近、見る頻度が上がっている。
始めのうちは戸惑い、その誘惑に抗いもしたが、結局いつも負けていた。
誘惑に負け、下着やシーツを汚すばつの悪さを二重に嫌悪するより
夢の中だからと割り切って楽しみ、洗濯の手間を代償にする事を覚えた。
ここで快楽を求めて身体を捩らせよがる姿は、
確かに売女と呼ばれても仕方がないかもしれない。
でも、自分の夢の中でくらい、好きに振る舞いたい。
(今日の相手は…?)
顔を離してそっと目を開くと、綺麗に色の分かれた淡色の前髪が目に入った。
「進藤…」
ヒカルに逢えたことが嬉しく、ここで逢ってしまったことが悲しい。
自分を呼ぶ、わずかに震えた声に誘われ、再びヒカルの唇を求めた。
アキラがシャツの裾から手を滑り込ませ、ヒカルの肌を撫でると
ヒカルはくすぐったがって逃げようとした。
(――どこまでも、リアルだ…)
ヒカルは上半身への愛撫が苦手だった。アキラがこれまで試した範囲だと
一度達するまでは、くすぐったさの方が強いようだった。
(ボクの夢なのに…うまくいかないな)
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