白と黒の宴2 26 - 30


(26)
「…っ、め…ろっ…!」
ドンッと、ヒカルは思わずアキラの体を力任せに突き飛ばした。
アキラは背中から廊下の壁にぶつかり、「うっ」と小さく呻くとそのままずるずると床に座り込んだ。
「…塔矢っ!?」
慌ててヒカルがアキラに寄り添って腕を抱えて立ち上がらせる。
「ご、ごめん、塔矢…!オレ、そんなに強く押したつもりは…」
そしてヒカルはきょろきょろ周囲を見回し、とりあえず廊下に誰もいないのを見てホッと息をついた。
「ったく、何考えているんだよ!こんな場所で…!、もしも誰かが見ていたら…」
ヒカルは耳まで真っ赤にして、半分声を潜めるようにしてアキラに抗議した。
「…見られたって構わない。」
「えっ…?」
「…ごめん、…どうかしている、ボクは…。」
そう言って立ち上がったアキラにヒカルが何かを言いかけ、腕に手を触れて来たが
それをアキラは振払って廊下を歩き出した。
「…塔矢…」
ヒカルが後をついて行こうとしたが、アキラの背中に強く拒絶されて踏み止まった。
「…何だよ、塔矢の奴…!?」
ヒカルはただ戸惑ったまま呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。

このままヒカルと一緒に居たら、自分を抑え切れなくなる。そうアキラは思っていた。


(27)
自分だって社と同じ事をしていると思った。
あの場でヒカルの衣服を剥いでめちゃくちゃにしてやりたいという衝動にかられていた。
自分の体に数多く残された社の刻印と同じものをヒカルの全身に刻みたかった。
ヒカルの刻印が欲しかった。
ヒカルは自分のものであり、自分はヒカルのものであると周囲に言ってまわりたかった。
昨日社に抱かれた余熱が、まだ体の奥深くに残されているせいだ。
やはり今日の対局の事がどこかで頭の中に引っ掛かっていたのか、社にしては早めに行為を
切り上げたところがあった。行き着くところまで行き着かないまま終わったような感じだった。
それは社の作戦でもあったのかもしれない。
外の空気を吸って頭を冷やそうと思った。
そのまま角を曲がって階段で下に下りようとしたアキラは、そこに人影がある事に気付いた。
紫煙を纏い壁にもたれ掛かるようにしてその相手は立っていた。

「…ずいぶん大胆な振る舞いをするようになったものだな、アキラくん。」

その相手を驚いたように見つめ、そしてアキラは唇を噛んだ。
よりによって、なぜこんな時にこの人に会ってしまったのか。
あんな場面をこの人に見られてしまったのか。
今アキラは体中の血が沸き立ち逆流するような状態だったが、その相手を前にして、
さらに体熱が高まっていくようだった。


(28)
「緒方さん…」
震える唇でその名を呼んだ。心音が自分の中で大きく響くのが聞こえる。
寝ていないせいか、足下が波打つように揺れていた。
「北斗杯のメンバーが決まったらしいね。」
緒方は脇の廊下の隅に設置してある灰皿に煙草を押し付ける。
「なかなか面白い面子のようだな。どんな戦いになるか、楽しみにしているよ。」
その緒方の言葉には強い皮肉が込められているような気がした。
緒方は、自分と社の事に気付いているのだ。
北斗杯代表選考会で社がこっちに来ている以上何らかの行動を起こす事は緒方にも予測出来たはずだ。
「…昨日来てくださればよかったのに…。」
そしたら社につき合うはめにならなくて済んだかもしれないと思うとつい緒方が恨めしくなる。
「これでも結構忙しい身なのでね。」
冷たいとも言える言い放し方で、緒方はアキラに背を向けて階段を下りて行く。
突然、アキラはどうしようもない心細さに包まれた。理屈では無かった。
緒方に見放されたくなかった。
「…緒方さん、」
アキラが呼び掛ける。が、緒方は聞こえないかのように遠去かっていく。
「…緒方さん…!」
今にも泣き出しそうな、悲痛なほどのアキラのか細い声の呼び掛けにようやく緒方は
立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「…来なさい。」
氷のような感情のない瞳だった。だが吸い寄せられるようにアキラは緒方に近付いて行った。


(29)
緒方の車の助手席に座り、棋院会館の駐車場から出る時、アキラの目に棋院の玄関から出て来る
ヒカルの姿が映った。ヒカルもまた、目立つ車種に気付いてこちらを見た。
一瞬アキラはヒカルと目が合ったような気がしたが、それを振り払うかのように緒方はアクセルを
踏み込み、大通りへ向けて車を奔らせた。棋院会館が後方に見る見る遠ざかる。
アキラはヒカルにあんな態度を取った事を後悔した。ヒカルの元に駆け寄って、謝りたかった。
「…停め…」
そう言いかけて言葉を飲んだ。今の自分にそんな資格すらないように思えた。
緒方はアキラの表情を無視するように前方を見据えたままスピードを上げ、前車を追い越す。
その冷たい横顔に車中、緒方とは一言も話すことは出来なかった。
ただ黙って助手席に座っているしかなかった。体が二つに裂けるようだった。
心ではヒカルを求めながら、社によって火を付けられた本能が緒方を求めている。
緒方のマンションに着き、緒方の部屋に近付くにつれて心音が高まり、息が苦しくなる。
何かが激しく警告する。これ以上二人で会っても、互いの傷が深くなるだけだと。
だが社の件を相談出来る相手は緒方しかいないのだ。それにやはりどうしても二人で一度話をしたかった。
気まずいまま別れた事がアキラの胸に引っ掛かっていた。
ドアが開けられ、中に入って鍵が掛けられる音が耳にやけに大きく響いた。
と同時に緒方の唇で口を塞がれた。
熱く激しい包容がアキラの唇を包んだ。
そういうキスがもう当たり前のように、アキラの舌は相手の動きに従った。


(30)
「脱ぎなさい。全部だ。」
ひとしきり激しいキスが済むと緒方はそうアキラに命じた。
「えっ、…ここで…?」
夕刻前のまだ明るい光がブラインドの隙間からリビングの床を照らしている。
緒方の表情は動かない。
抵抗の意志も持てずアキラはそれに従い、その場でセーターを脱ぎ、ズボンを下ろす。
下着すらも全て取り払ってソファーの脇に立ちすくむアキラの裸体を緒方は壁にもたれ掛かった状態で
観察する。それらの事を予想していたように冷静に全身に残された社の刻印を眺める。
「…随分たくさんつけられたものだ。」
半ば呆れるようにしてため息をつくと緒方は煙草を銜え、火を点ける。
「なぜまた彼に抱かれたんだ。…抱かれたかったのか。」
アキラの顔がカアッと赤らみ、キッと緒方に訴えるように睨み返した。
「違います…!言う通りにしないと…」
そこで少し言い淀んだ。緒方に対して口にしていいものか迷った。
だが、続けた。今さら隠しても仕方がない事だ。
「…言う通りにしないと、進藤を抱くと、社に脅されて…仕方なく…」
「従わなければいい。」
「でも…!」
「進藤を社に与えてやればいい。そうすれば君は社から逃れられる。社が進藤に興味を
持っているのなら好都合じゃないか。」
「緒方さん…?」



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