裏階段 ヒカル編 26 - 30
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「んー、今日は疲れたからいいや。大体もう遅いし。ここでお留守番してる。」
敷いてある布団にごろんと横になりテレビをつける。
「構わんが、人が来ても出るなよ。」
「出て欲しいなら、でるよ。」
布団に大の字に横たわったまま進藤がこちらに顔を向けて悪戯っぽく笑う。
「…一応、鍵はかけていくからな。」
部屋に進藤を残してドアを閉め、鍵をかける。何だか妙な感じがした。
その時の無邪気な進藤とは別人の進藤がここにいる。
彼の頭の上に顎を乗せるようにし、両手で肩と頭を包み込んで皮膚を摩ってやる。
保護者のようにして、こちらが体が大きな事をしきりにアピールして
宥めるのがコツだと言う事が何度か同じ事を経験するうちに分かって来た。
そして彼を正気に戻すには儀式が必要であることも。
「行かないで…、…い、そばにいて…」
強い力で進藤の腕がこちらの体にまわされて抱き着かれる。
こういう時の彼の体温は非常に低い。
ただ呼吸と、下腹部の中央部分だけが熱く昂っている。
その下腹部をこちらの膝に擦り付けて来る。
その進藤の体を抱え上げて布団に運ぶ。
「お願い…早く…、欲しい…」
体を横たえらせると瞳をうるわせ、呼気を熱く速めて両手をこちらに差し伸べる。
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両膝を大きく開いて腰を浮かし、蜜を滴らせた先端を切なげに突き上げる。
先刻までの明かりを恥じらい唐突なキスに腹を立てていた進藤ではない。
「…早く来てよ…、…、い…、…」
この時の彼が繰り返し口にする名前が自分のものではない事も知っている。
甘い声でねだる進藤の顔に唇を寄せて、その額と頬に優しくキスをしてやる。
キスを首筋に移動させ、既に立ち上がりかけた胸の突起の周囲に舌を這わすと
くぐもった声を漏し、我慢出来ないように自分の手でもう片方の突起と下腹部のモノを
弄り始める。
「…ん…、く、は…ア…っ!」
声が大きくならないように彼の唇をこちらの唇で塞ぐ。
すると進藤は夢中でこちらの顔を両手で包んで捕らえ、舌を舌で捕らえて吸い始める。
唾液を残らず吸い取って飲み下す。
本人の意識が途絶した中での、本人の記憶に残らない進藤のこの状態を知っているのは
オレとアキラだけだった。
だがアキラは、進藤のこの姿に耐える事が出来なかったようだった。
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ちょっとした出来心だったのだ。
魔が差したと言っても良い。
アキラの首に蒼く残った自分の指の痕を見た後、このままでは互いに破滅すると思った。
いや、恐らく破滅するのはオレ1人だろう。
アキラは決して自分で選んだ自分の行為を悔いたり否定することはない。
例え間違いに気付いたとしても十分取り戻せる時間と強さを持っている。
そんなアキラの若さが妬ましかった。
棋院会館の受付で進藤の姿を見かけた時、直感的にアキラを追って来たのだと感じた。
ふと、進藤にアキラを追わせてみたいと思い、院生試験を受けさせるための口添えをした。
当然のようにプロ試験に光りを掴む事を許され歩み始めたアキラの細く白い手首に
小さな枷をはめたかった。
進藤はそういう存在になり得ると思った。
院生となった進藤を見て、切り捨てたはずの存在の進藤が自分を追って来ていると
知った時のアキラの姿は、予想通りのものとなった。
心の奥で戸惑いと歓喜に震えながら何の興味もないように平静さを装おうアキラの様子は
見ものであった。はっきりと今までにない変化が起こり、それは新初段シリーズの
対座間王座戦に如実に顕われた。
ほとんどアマチュアの大会に出る事のなかったアキラが、それまでの定石に忠実で無理をしない
優等生的な打ち方から抜け出てハッキリと好戦的な性質を公の場で見せた。
プロ棋士・塔矢アキラの鮮烈なデビューとなった。
そんなアキラを支配しきれるかどうかというオレの中での賭けでもあった。
その後も必要以上に進藤を煽りアキラを煽り、進藤をより強くアキラと囲碁界とに結びつけていく
役割を担った。おそらくオレがそれをしなかったとしても他の誰かがその役割を負っただろう。
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「ん…ふっ…あ…、ハア…」
細く唾液の糸を光らせて互いの唇を離すと、進藤は淫らな吐息を惜し気もなく漏して
オレの下腹部を弄り、オレ自身を両手で包む。
「…んあっ、…?…ハア…ハア…」
それを自分の下肢の間に運んで当てがうが、十分な硬さがないために思いが果たせず
焦れったそうにオレの顔を見上げる。
黙って進藤の顔を見つめるが進藤の瞳の光は空ろなままで自分を取り戻す気配はない。
オレが彼の中でどういう人物に摺り替えられているのかは確かめようがない。
もしかしたら誰でもないのかもしれない。
痴れ者のように今の進藤はただそれをひたすらに欲しがって手で摩る。
「…ハア…、ンん…っ!」
それでも一向に望みを叶えてくれる状態にならない事に次第に苛立ち、
進藤は体を下の方にずらしてそれを口に含ませようとした。
「わかった…好きにしろ」
こちらが仰向けになると進藤はそれを追うように体を起こし、オレの体の上に跨がるような
格好になった。
「…んっ…ん…」
オレの下腹部部分を口一杯に頬張り、喉の奥まで呑み込もうとする。音を立てて吸い上げる。
バスルームの明かりに照らされて目の前に進藤の淡い小麦色の滑らかな双丘が浮かび上がる。
進藤のこの状態を初めて知った時、正確にはアキラからそれを知らされた時、
自分が進藤をそこまで追い込んだのかと思った。アキラも同様にそう考え苦しんだ。
だがそうではなかった。
進藤が誰に怯えそこまで追い詰められたのか、
進藤が誰に対し何を負い目を感じて来たのかは誰にもわからない。
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彼の意識がある時の抱き方は極めて淡白なものだ。
ほとんど進藤自身が快楽を得ているとは思えない。最低限必要なだけの下準備を施し挿入する。
進藤はただ痛がり、うんざりした顔でこちらが気が済むまで仕方なくつき合っているという
感じのものだ。先か後に一度進藤を追い上げてやる。
2人で同時に行き着く事はほとんどない。
性的に無知で性交自体にあまり関心がなく、行為が終わった後の、熱を帯びた肌を合わせる事が
目的であって彼にとってsexはあくまでその為の付属品でしかない。
行為の後で進藤は体の不調を訴えた。頭痛がする、吐き気がする…等。
アキラが一切そういうものを表に出さないのと対照的だった。
体質的なものだと思っていたが、そうではなく進藤は精神を病む程に温もりに飢えながら、
それを満たそうとする行為に呵責を負っているのは確かだった。
唾液で指を濡らしてその根元に這わせ、窄まりの周囲をそっと撫でてやると
塞がった喉で小さく呻いて腰を突き上げる。
先刻の行為の名残りで微かにうっ血しているところにさらに血流が集まり脈打っている。
痛々しくも見えるその中心に指を2本揃えて宛てがい、押すと抵抗感なく吸い込まれて行く。
「ふっ、くんんっ…」
ビクッと進藤の背中が強張り仰け反る。それでもオレから口を離す事なく行為を続ける。
指が根元まで入り込むと初めてそこでその部分が収縮して指を喰わえ込み離すまいとする。
それに逆らってゆっくり抜けかかるまで引き抜く。
「ひっ、あっ…っ…!」
さすがに耐え切れず、進藤が口を離して呻く。
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