誘惑 第一部 26 - 30


(26)
和谷の頬がかあっと赤くなった。それを見て、アキラの眉が曇った。
こんな直情径行のヤツをからかって遊ぶなんて、どうかしてる。アキラはそう思った。
さっきから警戒信号が鳴りっぱなしなのに。
「…いや…違う。ただの、口止めだよ。キミに、ヘンなことを言いふらされないためのさ。」
「オレが、そんな事するとでも思ったのかよ。」
「…そうだね。キミは進藤とも仲がいいから、進藤の立場が悪くなるような事はしない。
それは信じてもよかったんだ。気付かなかったボクが馬鹿だったって事にしといてくれ。いや…」
アキラは唇を噛みながら、言葉を探した。まずい。何とかしてこの場を取り繕うにはどうしたらいい?
「悪かったよ、あれはただの八つ当たりだ。済まなかった。」
悪かった?八つ当たり?言っている意味がわからなくて、和谷は眉をしかめた。
「進藤がキミのことを気にかけるのが気に食わなくて、それでキミに八つ当たりしたんだ。
悪かったよ。本当にすまないと思う。だからできるなら忘れて欲しい。」
「忘れろ、だって?」
忘れられるもんか。
「あんな事をしておいて。」
オレを惑わして、いいだけかき回して、今更忘れろなんて、都合が良すぎる。
こんな女々しい事を言いたかないが、あれでも…オレは初めてだったんだぞ?それを、ただの
八つ当たりだった、忘れろ、だって?ふざけるな。
「悪かったよ。」
「悪かった?謝って欲しいわけじゃねぇ!オレは…」
「じゃあ、どうしろって言うんだ。
キミはどうしたいんだ。ボクにどうして欲しいんだ。進藤に、どうしろって言うんだ。」
こんな風に問い詰めてどうする、とアキラは内心、焦りながら、必死に考えた。
自分で自分を窮地に追い込んでいる。それがわかっているのに、止められない。
考えなしで迂闊なのは自分の方だ。どうしたいんだ、なんて聞いている場合じゃない。


(27)
どうしたいんだ、だって?どうして欲しいんだ、だって?わからねぇ。わからねぇ、そんな事。
ただ、わかってるのは、忘れる事なんてできねぇって事だけだ。
進藤を抱いていた塔矢が、オレを振り向いたときの顔が、目の前に迫った塔矢の目が、オレを
翻弄するためだけのキスが、忘れられねぇだけだ。
塔矢の笑った顔が、オレを見下したような冷たい顔が、進藤に向けられる―オレには向けられ
ない、優しい顔が、オレの中でちらついて、離れないだけだ。
どうなっちまったんだ、オレは。どうしたらいいんだ、オレは。

「これ以上話がないんだったら、帰るよ。」
そう言ってアキラは腰を上げた。
「ボクはともかく、進藤はキミの友人だから、彼の立場を悪くするような事なんかしない。
そう信じてるよ。」
「待てよっ!!」
去ろうとしたアキラの肩を和谷が掴まえた。
腰を浮かせたところを、不意に肩を掴まれてバランスが崩れ、アキラが畳の上に引き倒される。
アキラの上に和谷が乗っかる格好になって、アキラの両肩を押さえた。
この体勢は、まずい。二人とも、そう思った。
だが、和谷は押さえつける腕に力をこめた。
息を飲んでアキラは真っ直ぐに和谷を見る目に力をこめた。
その視線に対抗するように、和谷が更にアキラの身体を強く押さえつける。
「はなせよ。」
冷たい声でアキラが言った。
「イヤだね。」
負けじと低い声で和谷が返した。


(28)
「ムカツクんだよ。おまえのそのツラが。男のくせに女みたいなツラしやがって…」
「そんなのボクの責任じゃない。ボクの顔に文句があるんなら親に言ってくれ。」
「そういう、人をバカにしたような態度がムカツクって言ってるんだよ!
どんな時でも平然としやがって…!」
「じゃあ、どうしろって言うんだ。どうでも良いからどいてくれ。」
「そうやって、人を煽って、からかって、面白いかよ?
悪かったな!どうせオレなんか、おまえの目にも入らないくらいヘボだって言いたいんだろう?
相手にできるのは進藤くらいだって言いたいのかよ?だけどな、こっちにだってプライドくらい
あるんだよ!」
「…別に、そんなつもりはないんだけどね。」
「煽ったのはそっちだろう?責任取れよ!」
「責任って、何の?」
「何の、だって?オレにあんなキスをしておいて…!」
「だからどうしろって言うんだ。それともボクを、強姦でもするつもりか?」
アキラの目が真っ直ぐに和谷を見据えたまま、冷ややかな声で言った。
「悪いけど、そんなの何にもならないよ。」
アキラの言葉に和谷が怯んだのを、アキラは感じた。
「それでもしたいって言うんなら、すればいい。」
肩を押さえつけていた力が弱まった。アキラの顔から目を逸らし、力なく、アキラの横にしゃがみ
込んだ。そんな和谷にアキラが小さく声をかけた。
「ごめん、本当に。」
和谷が振り向いてアキラを見る。だが、アキラは彼を見ずに立ち上がり、振り返らずに立ち去ろう
とする。その肩を和谷がまた、咄嗟に掴んだ。驚きに目を見開いて、アキラが和谷を振り返る。
強引にアキラの身体をきつく抱きしめた。その痛みに、アキラの口から小さな声が漏れた。


(29)
和谷はもう一度アキラを床に押し倒して、バッと上着の前を開け、ネクタイを緩めた。
きつく押さえつけられた肩に痛みが走る。
自業自得だ。馬鹿馬鹿しい。そう思って、アキラは顔を横に向け、諦観したように目を閉じた。
その様子が気に食わず、和谷はアキラの肩を掴んで引き起こした。
「な…んで、なんで、抵抗しねぇんだよ!?」
アキラは無言で、ただ、彼を見返した。
肩を掴んでいた指に力がこもる。
その痛みにアキラが小さく眉をしかめた。
「いやだとか、やめろとか、言えよ!」
「したいんなら好きにしろよ、って言っただろう。
こんな所で抵抗なんてしたって無駄だって知ってるだけだよ。」
アキラが歪んだ笑みを頬に乗せる。
「なんだよ…それ…?」
「確かに煽ったのはボクだしね。ボクの八つ当たりの代償に、したいんなら、しろよ。
そんなのなにが楽しいんだろうとは思うけどさ。ボクには別にどうって事もない。
ただしボクなんてどうでもいいけど、進藤に触れるのは許さない。」
「なんでそこで進藤が出てくるんだよ!進藤なんか関係ねぇっ!」
「関係なかったらボクはここにはいないよ。キミとボクとの接点なんて進藤だけだ。違うか?」
「違う、関係ねぇ。違うんだ、進藤じゃないんだ、進藤の事じゃなくて…オレは…」


(30)
「おまえなんだ。オレは……おまえが好きなんだ、塔矢。忘れられないんだ。おまえの事が。」
「な…んだって?」
呆気にとられたような表情でアキラが問い、そして、和谷の身体を引き離そうとした。
「ちょっと待てよ、キミはボクを嫌ってたんだろ?突然何を言いだすんだ?勘違いするな…」
「勘違いなんかじゃねぇ。おまえだ。」
「なんだ?さっきからムカツク、ムカツク、って言ってたくせに、何を言ってるんだ?」
「腹が立つのはおまえがオレを相手にしないからだよ!オレを見もしないからだよ!
けど、オレだっているんだ。オレだっておまえを好きなんだ。だから…」
押さえつけたまま、和谷がアキラを見つめている。アキラはその視線から逃れようと頭を動かした。
「そんな筈はない。勘違いしてるだけだ。ボクを好きな訳じゃない。煽られただけだ。」
「違う。勘違いなんかじゃねぇ。ずっと、ずっと前からおまえが好きだったんだ。」
「そんな筈はない!ウソだ!」
叫ぶアキラの肩を掴んで引き寄せ、揺さぶりながら、和谷は言い募る。
「どうしてそんな事言えるんだ。そんな筈ないなんて、なんでおまえがわかるんだ。オレの事
なんか気にもかけちゃいないくせに…!」
「だって…そんな筈、ない。ボクが好きなのは進藤だけなのに…」
「おまえが誰を好きだって、オレが好きなのはおまえなんだよ!進藤なんか関係ねぇ!!」
そう叫ぶと、和谷はアキラの身体を抱きしめた。
「ずっと、好きだった。おまえに憧れてた。嫌ってたんじゃない。逆だ。好きだ、塔矢。だから…」
言いながら和谷の手がアキラの身体を探り、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外そうとする。
「ダメだっ、やめろ、和谷…!」
アキラは必死になって和谷から逃れようとする。だがその否定の言葉に勢いづけられたように、
和谷は強引にアキラのワイシャツを剥がし、もう一度アキラの身体を床に押し付けた。
「ヘンじゃねぇか、オレがなんとも思ってなければ全然平気な顔してて、好きだっていったら、
どうしてそんなに嫌がるんだよ?おかしいじゃねぇか?」
唇を真一文字に結び、睨むようにアキラがまっすぐに和谷を見据えた。
「そんな目で、見るなっ!」
怒鳴りながら、和谷はアキラの下半身を覆うものに手をかけた。



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