社妄想(仮) 26 - 30
(26)
頬に軽いキスを贈ると、ヒカルは恥ずかしがるように顔を逸らせる。
代わりに無防備になった首筋に舌先を這わせると、ヒカルの身体は更に逃げるように背を向けた。
項に軽く噛み付き、そのまま背筋を舌で辿る。
肉付きの薄い背中が綺麗に撓り、肩甲骨がうっすらと浮いた。
身体中に残る赤い痕跡がアキラの癪に触る。
半ば噛み付くようにして古い痕を消す。
代わりに残る鬱血の痣にほんの少し胸がすいた。
背を向けて前傾姿勢になるヒカルの腰を抱いて、引き締まった腰の括れをなぞる。
もう一方の腕を上方に滑らせると、胸の飾りの傍を指先で何度も軽く刺激した。
焦れったい愛撫にヒカルは腰にまわされた腕に軽く爪を立てて抗議した。
ヒカルの可愛い反抗にアキラはくすりと笑って耳朶を口に含む。
そして間髪入れずに既に堅くなっている胸の尖りを指で挟んだ。
「あっ、ン……ッは、あ…ぁあ…」
触れるか触れないかという程度のタッチで挟んだ指を交互に揺すると、
ヒカルは力無くアキラの腕を掴んだ。
否、手を添えたと言った方が正しいか。
軽く摘んで引っ張り、爪先を掠めながら離すと、ふるふると震えながらも、じっと快感に堪えようとする。
そんな強情さも可愛くて、アキラは丹念にそこを捏ねまわし弄んだ。
吐き出される息は情慾に甘さを多分に含んでいて、幽かに洩れる喘ぎが、
ヒカルの限界が近い事を示していた。
「進藤……欲しい?」
「……っ、欲しい……っ」
アキラの臆面もない言葉に、ヒカルは苦しげに答えた。
アキラはその返事に少し戸惑いつつも、門渡りに指を滑らせる。
「ひゃうっ……!」
ヒカルの身体が大きく傾き、前に倒れる。
這い蹲るような姿勢で、それでも懸命にがくがく震える肱で体勢を戻そうとするのが、
生まれたての子鹿が立ち上がる瞬間を見ているようで、いじらしく、そして愛おしかった。
(27)
「塔矢ぁ……」
涙で頬を濡らして、ヒカルはアキラを見つめた。
求められているのだとは解る。
そしてそれが薬の影響だと云う事も解っている。
だが、アキラは戸惑いを隠せなかった。
いつものヒカルはセックスを自分から求めてきたりはしない。
アキラがそれとなくそういう雰囲気に持っていき、乗り気でないヒカルを宥め賺しているのが常だった。
ヒカルもセックス自体が嫌いな訳ではなく、感情と身体が同じ沸点に達すると、
時々は自分からも行為をねだるような動きを見せたし、あられもない嬌声も上げた。
ただ、ほんの少しの未だに残る同性同士の行為に対する抵抗と、
多分な羞恥がヒカルにそういう態度を取らせている事も解っていたから、
アキラはそんなヒカルをも愛しいと思ったのだ。
時々涙混じりに「おれは女じゃないんだからなっ!」と怒鳴ったりしながらも、
必死で自分の中の違和感を消してアキラの思いを受け入れようとするヒカルが、
(本人に言ったら怒られるのだろうが)可愛くて仕方がなかった。
だからこそ、今自ら腰を持ち上げ、アキラを受け入れようとしているヒカルの姿が信じられなかった。
四つん這いになったヒカルは獣の体位で自分を受け入れようというのだ。
少し前に、背後から挿入しようとした時、ヒカルはその体勢での行為を激しく拒んだ。
「オマエの顔が見れないのが、不安だし、……嫌だ」
そう言いながら羞恥に涙を溜めていたヒカルはアキラの記憶に新しい。
不貞腐れたようなその表情が、ヒカルの恥ずかしがり屋な一面を垣間見せて、
言っている事もアキラには男冥利に尽きるもので。
アキラは抑制がきかなくなって、激しくヒカルを攻め立て……
結果、数日間口をきいて貰えないような事になった。
ヒカルは、信じられない程性的な知識に疎かったし、見せる反応も幼かった。
アキラは何度抱いても慣れないヒカルを壊れ物のように扱っていたし、ヒカルも
そんなアキラの愛撫にだからこそ漸く気持ちと身体を一致させようと努力してきたのだ。
ヒカルは、アキラにとって、純粋そのものの存在だった。
(28)
「っ、塔矢……苦しい、よぉ……っ」
懇願するヒカルの眦から純粋で綺麗なはずの涙が零れ、頬の曲線を辿って、やがて地に落ちる。
「進藤……」
苦しむヒカルをこれ以上放置しておく訳にはいかない。
アキラは熱く猛った己自身をヒカルにあてがうと、一気に最奥まで貫いた。
「──っ、ああっ……!」
華奢な身体が震え、既に散々焦らされ快楽の極みへと昇りかけていた欲望の徴は、
溜まりきった熱を解放した。
地面に爪を立てていた手にも、がくがくと震えていた腕からも一切の力が失われ、
堪えきれずに肱が崩れ落ちた。
躰を蝕む熱に、ヒカルは荒い呼吸を繰り返しながら震えを落ち着けようとした。
だが、挿入の際に達した衝撃が尾を引き、ジンジンと身体を苛んで、楔を感じれば感じる程
震えは止らなくなる。
「っ! ひ、……や…っ……やだ、ぁ……っ」
アキラが軽く腰を揺すると、ヒカルは泣き声とも紛うような細い悲鳴を上げる。
頚を打ち振って啼くヒカルを、アキラは複雑な思いで見つめていた。
「進藤……」
腰を強く打ち付けながら、ヒカルを呼ぶ。
「進藤、…進藤、……進藤……っ」
敏感な場所を擦りながら奥まで突いては、入口付近まで一気に引き抜き、そしてまた最奥まで貫く。
ヒカルは過ぎる快楽に己を見失ったかのように、咽び泣いていた。
死んでしまう、ヒカルはそう思った。
自分は、神経系がどこか狂ってしまったのかも知れない。
与えられる感覚全てが甘く切ない疼きにかわって全身を支配する。
体内を駆け巡る熱は上限を知らないかのようにどこまでも加熱していく。
内側を突き上げながら胸元を弄ばれて、敏感になり過ぎた肌が悲鳴を上げた。
感覚は深く鋭く、鮮やかで、一箇所から生まれるそれはすぐに全身に伝染した。
その過ぎた快楽は、もはや苦痛といっても相違なかった。
(29)
いつものアキラなら、挿入した直後であっても、ヒカルが達してしまうと、
彼が落ち着くまでは動こうとはしない。
それがどれだけアキラに我慢を強いている行為かはヒカルも解っていた。
だけど、アキラは底無しにヒカルを甘やかしていたから、それが当然だと思っていたのだ。
怒っているのかも知れない、赤の他人に犯され、みっともなくもアキラを誘った自分を。
ヒカルは哀しかった。
身体は限界まで追い詰められ、意思とは無関係に出る喘ぎも掠れていた。
躰の奥深くに穿たれた熱が、ヒカルの切なさをより一層深くする。
それでも快感に素直に反応してしまう自分が酷く浅ましく思えて、いたたまれなさにただ拳を握った。
だが身体を灼かれるような感覚に、やがてそんな雑多な思考はかき消された。
特に弱い部分を手で、口で刺激され、アキラ自身を締め付けると、短い間隔で突き上げられる。
そこもまたヒカルの弱い部分であり、集中して与えられる刺激に、ヒカルはただ涙を零し、
途切れ途切れの嬌声をあげた。
弱い部分を同時に何箇所も責められて、否応無しにヒカルの身体は追い上げられる。
鼓動は限界の速度で波打ち、呼吸もままならない。
許容量を越えた快楽に、ただ身を委ねるしか出来ずに、ヒカルは浅い呼吸と微かな喘ぎを紡ぐだけだった。
躯はそのまま果てのない高みへと導かれて。
やがて、ヒカルは最奥に熱い迸りを受け止めた。
(30)
身を投げ出して、荒く息を吐くヒカルに手を伸ばしかけて──止めた。
ヒカルは敏感だから、今下手な刺激を与えるのはかえって身体を苛む事になる。
時々身体をぶるっと震わせては息を詰め、暫くの沈黙の後にまた浅く早く息を紡ぐ。
そうして三分程経っただろうか。
ヒカルはゆっくりと身を起こすと、アキラに問いかけた。
「今、何分?」
「え……あ、ああ……」
一瞬虚を衝かれるも、対局の事を思い出し慌てて携帯の画面を見る。
開始から既に結構な時間が経過していた。
不戦敗は免れそうだが、持ち時間は大きく減少している。
だが、ヒカルなら時間に追われてヨミ違えると云う事もないだろう。
脱ぎ散らかした衣服を集め、もそもそと着替えはじめるヒカルを、アキラはただじっと見ていた。
「……何見てンだよ」
ばつが悪そうに頬を染めながら眉を顰めるヒカルに、アキラは内心ホッとした。
────良かった、いつもの進藤だ。
和らいだ心に余裕が出てきて、アキラはヒカルの傍に寄ると耳許で囁いた。
「別に。なんでもない。……それより着替え、手伝おうか?」
ヒカルの顔がカッと朱に染まる。
「オマエなぁっ、性格悪すぎ……っ」
そりゃ、さっきのは感謝してるけどさ、と口先を尖らせて小さく愚痴るように零すヒカルが可愛くて。
「ごめん」
頬にさっと軽く口付けた。
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