裏階段 三谷編 27
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愛情とは到底呼べないかたちのSEXしか与えられない。得る事が出来ない。
それ以上のものを欲しいと思わない。
伯父がオレの体に遺して行ったものだ。逆を言えば、微塵の愛情の欠片も抱かない相手でも抱けた。
自分が到達感を得られるかどうかは別にして。
ないものをねだり試すように、空虚な結果しか得られないと分かっていても止められないものがある。
「先生」と同じ屋根の下に居ながらも、むしろその事によって塞がらず染みる傷痕だった。
碁の道さえ外れなければ「先生」は何も言わなかった。
初めて受けたプロ試験に合格し、高校を卒業するまでの間に何人かの男女と関係を持った。
何度かの内弟子の申し入れをしながら断られた父子が言わなくて良い話を「先生」の耳に
入れようとした。
品性に欠くものを傍に置いておいて良いものかと。
「先生」は何も知らなかった訳ではない。
「打ち筋を見ればその人なりがわかる。私は…君の碁が好きだよ。」
早朝の光の中で碁盤を挟み語りかけて来る「先生」の口調が変わる事はなかった。
「君の伯父さんと打つ度に何度も問いかけられた。碁は、命だと。
石は、意志であると。お前の石は生きているか。石がこうしたいという声を、お前は聞けるかと。」
ただひたむきに自分と周りが打つ碁の明日のみを楽しみにする。
碁以外のものを「先生」には求めてはならなかった。清いが悲しい。そんな習慣が続いていた。
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