失楽園 27
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緒方に至近距離で睨まれたのは初めてだった。
「さぁ、オマエが馬鹿じゃないんなら簡潔に言ってみろ。何が言いたい?」
与えられる視線のその冷たさにヒカルは唾を飲み込んだ。
「――っ、じゃあ言うけど、先生さ、塔矢のこと、すき、なんだろ?」
好きという単語を口にすることにもヒカルは慣れていない。つっかえつっかえ紡いだ言葉だったが、
蔑むような視線を放つだけだった緒方の眼は虚を突かれたように見開かれた。
「自分じゃ隠してるつもりなのかもしれないけど、オレには解るよ」
「好き――か…」
「何で笑うんだよ」
ヒカルは頬を膨らませた。俯いた緒方が突然笑い出したからだった。
緒方は一頻り肩を揺らして笑った後、仮の話だがと前置きして顔を上げた。
「オマエの手元にオモチャがあるとする。ずっと欲しくて、欲しくて…ようやく手に入れたオモチャ
だ。だが、どんなに大事にしていてもやがて飽きる。それは避けられようがないし仕方がない。
――オマエならどうする?」
仮の話だと言われても、緒方が例える『オモチャ』が何を指すのか、判らないわけではなかった。
だが、ヒカルはその問いに上手く答える術を持たないでいる。
「どうする……っていったって、いつか飽きたら仕方ないじゃん」
飽きることを認識する前に、その存在を忘れてしまうのが普通だ。そもそも玩具に飽きたからと
いって一々悩んだこともヒカルにはなかった。
「オレは、飽きていつのまにか失くしてしまう前に必ず壊した。オレの手でだ」
ヒカルは緒方の手を見つめた。いかにも棋士らしい整った爪先を持った指は、しかし節は太く
手の甲には幾筋もの血管が浮かんでいる。手だけではない。鍛えた身体なのはその服の上からでも
容易に判っていた。
「まさか、塔矢も…?」
「……彼もいつかは、セックスを覚えるだろう。彼がいつか誰かの手に触れられ、そして汚される
しかないのだとしたら――、彼を汚すのはオレでありたかった」
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