うたかた 27


(27)
 後ろから車が走ってくる音がした。
 車道と歩道が分かれていない狭い道だったので、泥水を跳ねられないよう脇による。
 するとその車は、ヒカルを追い越した所で静かに停止した。小さな電動音がして窓が下がる。
「進藤?」
「え……」
 がちゃり、とドアが開く。
「傘さしてるのに濡れてるじゃないか、早く乗れ。」
「冴木さん…なんでこんなとこに…」
「いいから早く。」
 有無を言わさず助手席に押し込まれた。
「車のシートが濡れちゃうよ…」
「そんなこと気にしなくていいから。ほら、そこのタオルで体拭いて。」
 助手席のドアを閉め、冴木も運転席に乗り込む。
「今から進藤の家に行こうと思ってたんだ。」
「オレの?なんで?」
 腕を拭く手を止めて、ヒカルは冴木の横顔を見上げた。運転をするときだけかける、フレームのない華奢な眼鏡は、冴木を別人のように見せている。
「昨日の研究会で、元気なかっただろう。」
「あ…」
「てっきり家で大人しく横になってるんだと思ってたから、これ持ってお見舞いに行くつもりだったのにな。」
 冴木が瞳で促した方を見ると、立派なメロンがあった。
「本当に心配したのに、当の進藤は朝帰りかー。」
 からかうように言った冴木の言葉に、加賀との行為がフラッシュバックした。自分の顔が、耳まで赤くなっていくのがわかる。
「ち、違うよ。オレ本当に熱あったんだもん…。」
 ろくな言い訳も出来ないヒカルに、わかったわかったと笑って、冴木はヒカルの頭を撫でた。
「朝の8時頃電話したんだけど、寝てたか?」
「えっ…」
 一瞬考えて、ハッとする。確かにケータイが鳴ったのを聞いた。夢かと思って、着信履歴も見ていなかった。
「あれ、冴木さんだったんだ…。」
(そう言えば冴木さん、プロになって初めての大手合いのときも色々心配してくれたっけ…。)
 随分世話になってるんだな、と改めて思った。
「冴木さん。」
「なに?」
「オレ、冴木さんみたいなお兄ちゃんが欲しかったよ。」
 いきなり脈絡のないことを言われてきょとんとした後、冴木は、さてはメロンに釣られておだてる気になったな、とヒカルの頭をまた撫でた。



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