白と黒の宴4 27 - 28
(27)
「…結局勝ったのは塔矢だけか」
おそらく社が一番冷静だった。社にしてみれば自分に言い聞かせるものもあったのだろうが、
その言葉がようやくヒカルに現実を認識させた。
「一目半とどかず…か。………ごめん、行こう…」
自分に言い聞かせてヒカルが席を離れた。
そこへ大きな身体を揺らして倉田がやって来た。
「ごくろうさん!メシにしよう!」
この結果でありながらもその表情は意外な程に明るかった。その延長のままにさらりと
さらに意外な言葉を倉田は三人に告げた。
「あ、それから明日の韓国戦、大将は進藤だから。」
「…えっ…!?」
まだその場に残っていた他の日本チーム関係者も驚きの声をあげる。
「はあっ!?え…?えっ!???」
その中でも一番大声を上げて進藤が跳ね上がるようにして倉田に駆け寄った。
「待ってよ、倉田さん!本当にオレでいいの!?」
アキラには倉田の判断が理解出来た。自分達と違って初めから流れを見ていた倉田には、おそらく
ヒカルの前半と後半の間での変化を見ていて十分ヒカルには高永夏と渡り合える可能性があると
考えたのだろう。倉田はそういう勝負勘がある事で有名な棋士だ。
ヒカルはそうやって目上の者に見い出され先導されて登り上がって来た。
超えられるはずのない切り立った崖をおもいがけない手がかりを探し当てて這い上がって来る。
ふと気がつくと社がこちらを心配気に見ていた。アキラはさりげなく視線を逸らした。
(28)
ホテル内の喫茶店で慌ただしく昼食をとった後、控え室のモニターで中国・韓国戦を観る。
特にヒカルは息を潜めるようにして大将戦を見据えていた。
闘志に瞳を燃やして彼が抑え切れない興奮状態にあるのがよくわかる。既に臨戦態勢に
入ってしまっているのだ。
残された時間の中で彼なりに高永夏を分析し、今日失敗した前半の対処法を考えている。
そんなヒカルを見つめながらアキラはいろいろ考えていた。
合宿の中でヒカルは普段以上に自分から何かを学びもぎ取ろうとしていた。
ただ最初に出会ったヒカルとの対局や、ネットで手合わせしたものから受ける印象から浮かぶ
saiは、遥か高みからこちらを静かに見下ろして来るような存在だった。
そのsaiと、今のこうしてギラギラと魂を燃やし地を這うようにして目標を追うヒカルの印象とが
どうしても大きく食い違う。そのギャップがどうしてもアキラに決定的な結論を出させないでいる。
答えが欲しい。その謎がヒカルが秀策にこだわる部分に隠されている。
「くそっ…やられた…っ!!」
韓国に全敗した中国の団長が悔しげに呻き、ヒカルの肩を掴んで声をかけていった。
「おいっ!日本チーム!明日はがんばれよ!高永夏に一泡吹かせてやってくれよ、塔矢!!」
その言葉は思いの他ヒカルにプレッシャーを与えたようだった。
中国戦で一勝をもぎ取ったアキラが当然大将として高永夏を迎え撃つ。普通誰でもそう思う。
日本チーム以外の者らが退出していった後でヒカルは倉田を呼び止めた。
「倉田さん、誰が何と言おうとオレが大将だよね!?もう変更なしだからね!!」
強気な言葉とは裏腹にヒカルの声は震え、顔は青白かった。
そして倉田が何かを言う前にヒカルは部屋を飛び出していってしまった。
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