日記 277 - 279
(277)
ケーキに蝋燭が灯された。アキラが部屋の灯りを消して、ヒカルを促す。ヒカルは大きく息を
吸い込んで、フーッと一息に吹き消した。
「おめでとう。」
「えへへ…二日も続けてやるなんて、ヘンな感じ……」
「いいんだよ。こういうのは様式美みたいなものだから…」
誕生日にはケーキとプレゼント――と、アキラがリボンのかけられた包みをヒカルに渡した。
「ありがとう…開けてもいい?」
「もちろん。」
はやる気持ちを抑えて、丁寧に包みを解いた。中からは、以前にアキラが約束してくれたものが
姿を現す。
ワンショルダーのデイバック。色は明るいオレンジイエローで、ナイロンの軽快な手触りが
気持ちいい。
「ちょっと、持って見せてくれないか。」
アキラのリクエストに、ヒカルは頷いた。
立ち上がって、背中にバッグを負い、ショルダー部分を斜めがけにして前で留めた。
中身の入っていない軽い鞄はなんだか奇妙な感じがした。
(278)
「どう?」
背中を向けて、アキラに感想を求める。
「よく、似合っているよ。」
実際、ヒカルにはこういう柑橘系の類のものがよく似合っていた。明るい色合いや、さわやかな
香。元気で明るいヒカルは、常に“夏”を連想させた。
「本当に、すごく似合っている…」
「……ありがと…」
はにかんだ笑顔を見せるヒカルに、胸が熱くなった。
ヒカルは早速自分の荷物を入れ替え始めた。
「そんなこと今やらなくても…」
「………うん…でも早く馴染ませたいから…」
小さく呟くその横顔が少し寂しげで、アキラは言わずにはいられなくなった。
「来年の夏までには、ヒカルにピッタリとなれて違和感なんてなくなるよ…」
「来年か…長いよ…」
「長くない。あっという間だよ。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
「きっと?」
「きっと。」
ヒカルは暫く俯いていたが、やがて手の甲で顔をゴシゴシ擦ると、とびきりの笑顔をアキラに向けた。
「そうだな。オマエと一緒だもんな。」
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「それより、これ…オレの好みよくわかったな…」
ヒカルはもらったばかりのバッグを撫でた。
「正直言えば、すごく困った。」
アキラはこういったものには疎かった。ヒカルが好きそうなものは漠然とはわかるものの、
形や素材、色、メーカーなど細かいところまでは、まるっきり理解不能だ。
「ネットで、あちこち検索したり…雑誌を買ってきて調べたり…」
そこまで言ったとき、ヒカルがアッと顔を蒼くした。
「どうしたの?気分が悪いのかい?」
彼は今日は朝からずっとはしゃいでいた。まだ、本調子ではないヒカルの身体に負担が掛かって
しまったのではないだろうか―と、アキラまで顔から血の気が引く思いがした。
「……………ゴメン…」
「どうしたの?」
ヒカルの視線は、部屋の隅に束ねられた雑誌に注がれている。およそ、アキラには不似合いな
その本は、先日、ヒカルがアキラに投げつけたものだ。
「ゴメン………」
「いいんだ…」
ヒカルは他人対しては、一線を引いて接している印象がある。どんなに親しげに見えても
どこかよそよそしいその印象は拭えない。
人ごとではないんだけどね――自分も同じだ。だからわかる。
「キミに、甘えてもらえるのはうれしい…」
「…怒ってもいいからな?」
「うん。あんまりワガママがすぎるときは、遠慮なく。」
「前みたいに?」
「“ふざけるな”と、“いい加減にしろ”とどっちがいい?」
どっちもイヤだとヒカルはアキラの胸に抱きついた。
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