金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 28
(28)
「アキラ君、金魚飼っているんだって?」
母のあとにくっついてお茶菓子を運ぶ。部屋に入った途端に声をかけられた。
父の研究会の日、母は朝から大忙しだった。お弟子さんが大勢やってきて、母はお茶の用意や
食事の支度に追われていた。アキラは最初の宣言通り、母のお手伝いをすすんでやった。
お使いもお留守番も「そんなに無理しなくてもいいのよ。」と母が苦笑するほど頑張った。
アキラは声の主――緒方のお兄さん――を振り仰いで、大きく頷いた。
「すごく、可愛いんだよ。元気がよくて、よく食べるの。」
「へえ、オレも見たいな。アキラ君の自慢の金魚。」
緒方がそう言うと、他の人達も「見たいなあ」と言い出した。
おそらくアキラへのお愛想だったのだろうが、そんな風に言われて悪い気はしなかった。
「じゃあ、ボク持ってくる。」
アキラは急いで、部屋へと駆けた。
そぉっと鉢を抱えて、ヨロヨロしながら廊下を進んだ。落とさないように、水を零さないように
ゆっくりと歩く。水が揺れるたび、中の金魚も小さく揺れた。
「おいおい。大丈夫か?」
廊下に出て、アキラが来るのを待っていた緒方が慌てて駆け寄る。そして、そのままヒョイッと
アキラの腕から、金魚鉢を取り上げた。
「あ…」
「ん?どうしたんだい?」
緒方は途方に暮れたように腕を上下している自分を見た。アキラは「あの…」と呟いて、
「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げた。
………取り上げたというのは正しくない。彼は小さいアキラがよたよたしているのを
見かねて金魚鉢を持ってくれたのだ。
『そうだよ…あのままだったら、転んでいたかもしれないし…落としていたかもしれないし…』
アキラは俯いたまま、緒方の後ろを付いていった。
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