落日 28


(28)
それでも日は昇り、朝は訪れる。
まだ眠っているヒカルの身体を名残惜しげにそっと抱きしめ、額に軽いくちづけを落としてから、伊角
は立ち上がり、後ろ髪を引かれる思いをようよう断ち切って、それでも幾度も振り返りながら、彼の
屋敷を後にした。
牛車に揺られながら、昨夜の彼を思う。
自分には彼がわからない。
それでも、彼を愛しく思う、その心には偽りは無いのだと、信じたかった。
例え彼が自分一人のものではなくとも、多分、自分にそうしたのと同じように、寄り添う人がいれば
それが誰でも――自分でも、和谷でも、他の男でも――縋りつくのだろうと、知っている。
それを苦く思う心が無いはずが無い。それでも。
彼が悪いのではない。ただ、今は、きっと彼は混乱しているだけなのだ。大切な人を失って、失った
重みに耐え切れずに、ただ傍にいる人に縋ってしまうのだろう。そんな彼をどうやって責められよう。
だから彼を憎いなどと思っていない。愛おしいだけだ。
それ以外の想いなど、ある筈が無いのだ。

牛車の歩みの遅さに、苛つきを感じる。
このような苛立たしさなど、感じた事など無かった。まるで自分が自分でないようだ。
重く、けれど焼け付くような胸の苦しさなど、味わった事など無かった。
早く、早く一日が過ぎれば良い。務めなど放り出して、今日一日だけでも彼の傍にいればよかった。
目を離してしまえば、その瞬間に彼がどこかに行ってしまうような気がして、不安でならなかった。
なんて、この歩みは遅いのだろう。
早く、もっと早く進んでくれないと、その分、彼の許へ戻るのが遅くなってしまう。

焦燥感に苛立ちながらも、伊角は自分の苛立ちの根本に蓋をする。
彼がどこかに行ってしまうのが不安なのではない。自分がいなければ、自分がいない時に他の者
が彼の傍にいるのが不安なのだ。そうして彼が自分以外の者に縋りつくのが許せないのだ。
けれど伊角はそのような思いに見て見ぬふりをする。
憎んでなどいない。許せないなどと思ってはいない。彼を愛している。だから彼のあるまま全てを
受け入れて彼を護ってやりたい。彼を護れるのは自分一人だ。
他に誰も、彼を護れる者など、理解できる者などいる筈がないのだ。



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