初めての体験 Asid 28
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ボクは、自分のベルトを抜いた。そして、バックルを握るようにして、手に一回巻いた。
空でそれを振ると、ヒュンと風を切る音がした。続けて二度、三度振ってみる。これは、
威嚇だ。老人は、鋭い音が響く度に首を竦ませた。
ボクは、本因坊の傍らに膝をついた。
「ご気分はいかがですか?」
老人は答えない。
「いつも、こういうことをしているんですか?」
答える気がないのか、答えられないのか相変わらず無言のままだ。ボクも返事を期待して
いるわけではない。ただ、言葉で嬲っているだけだ。きっと、今までに何人もの若手棋士が
この老人の毒牙にかかっているに違いない。もっとも、ボクも人のことは言えないのだが…。
突然、ある不安が頭を過ぎった。この老人がボクの考え通り、若手棋士を陵辱してきた
のなら、もしかしたら進藤も…?本因坊が、あの可愛い進藤に目を付けないわけがない。
そう言えば、以前進藤は、本因坊の指導碁に付き合わされたとか言ってはいなかったか?
えらく不機嫌で、老人に対する怒りを隠そうともしなかった。あの時は、さほど深い意味が
あるとは思っていなかったので、ボクは、その理由を追求しなかったのだが…………。
こうなったら何が何でも、桑原本因坊の口を割らせないと――――――ボクの予想通りなら
ただではおかない。例え、勘違いだったとしても、ボクをここまで不安にさせたこの老人を
許す気はない。八つ当たりだろうがなんだろうが、絶対に許さない。
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