金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 28 - 29


(28)
 「アキラ君、金魚飼っているんだって?」
母のあとにくっついてお茶菓子を運ぶ。部屋に入った途端に声をかけられた。
 父の研究会の日、母は朝から大忙しだった。お弟子さんが大勢やってきて、母はお茶の用意や
食事の支度に追われていた。アキラは最初の宣言通り、母のお手伝いをすすんでやった。
お使いもお留守番も「そんなに無理しなくてもいいのよ。」と母が苦笑するほど頑張った。
 アキラは声の主――緒方のお兄さん――を振り仰いで、大きく頷いた。
「すごく、可愛いんだよ。元気がよくて、よく食べるの。」
「へえ、オレも見たいな。アキラ君の自慢の金魚。」
緒方がそう言うと、他の人達も「見たいなあ」と言い出した。
 おそらくアキラへのお愛想だったのだろうが、そんな風に言われて悪い気はしなかった。
「じゃあ、ボク持ってくる。」
アキラは急いで、部屋へと駆けた。

 そぉっと鉢を抱えて、ヨロヨロしながら廊下を進んだ。落とさないように、水を零さないように
ゆっくりと歩く。水が揺れるたび、中の金魚も小さく揺れた。
「おいおい。大丈夫か?」
廊下に出て、アキラが来るのを待っていた緒方が慌てて駆け寄る。そして、そのままヒョイッと
アキラの腕から、金魚鉢を取り上げた。
「あ…」
「ん?どうしたんだい?」
緒方は途方に暮れたように腕を上下している自分を見た。アキラは「あの…」と呟いて、
「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げた。

 ………取り上げたというのは正しくない。彼は小さいアキラがよたよたしているのを
見かねて金魚鉢を持ってくれたのだ。
『そうだよ…あのままだったら、転んでいたかもしれないし…落としていたかもしれないし…』
アキラは俯いたまま、緒方の後ろを付いていった。


(29)
 「アキラ君の金魚の到着〜」
緒方が珍しくおどけたように言い、近くの文机の上に鉢を置いた。皆がその周りに集まってくる。
「どれどれ…ウン、いい金魚だ。」
「ハハ…可愛いなあ…オレも飼ってみようかな?」
口々に褒めてくれた。
 アキラはうれしかった。だけど、うれしいのに、なんだか素直に喜べなかった。
『ヘンだなぁ…なんでだろ……』
アキラは口元に笑みを浮かべてはいたが、それは本心からではなかった。
 金魚は小さな鉢の中でクルクル回って皆に愛嬌を振りまいている。それを見て、アキラは
ムッとした。
『なんで?ボクの金魚なのに…』
みんなと仲良くしないで!ボクの金魚なんだよ!?
どうにも胸の辺りがむかむかする。

 「なあ、アキラ君。金魚の名前はなんて言うんだい?」
緒方が首だけ振り向いて、アキラに問いかけた。
 アキラは一瞬ビクンと跳ね上がったが、すぐにプルプルと首を振った。
「なんだあ?もう、一月にもなるのに、いつまでもナナシじゃ可哀想じゃないか?」
緒方の言葉にアキラは赤くなった。別に手を抜いていたわけじゃない。一生懸命考えていた。
一番可愛くてすてきな名前を付けてあげようと、毎日毎日考えていたのだ。
「あれ〜?そういう緒方君は熱帯魚に名前つけているのかい?」
「もちろんですよ。ビビアン、マリリン、マレーネ、それから…」
「ウソばっかり。」
「ウソでも、碁打ちなら棋士の名前を付けてくださいよ。」
笑い声が部屋中に響いた。
 そうこうしているうちに、お茶の時間は終わり、皆再び碁盤の方へと散っていく。
 アキラは悲しくなって、そっと部屋を出て行った。机の上に置かれたままの金魚が不思議そうに
その後ろ姿を見送っていた。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル