日記 281 - 285


(281)
 ヒカルは前に一度、アキラに大事なそれを見せてくれようとした。あの時、見たい気持ちを
押さえてよかったと思う。楽しいことだけ綴りたいというヒカルの協力者になることは、
それを受け取るよりずっとすてきだと感じた。
「だけど……途中…………空いてるんだ……」
胸にしがみつくヒカルの指が強く震えている。アキラはヒカルを強く抱き返した。
「ヒカル………」
「大丈夫だよ………その後、いっぱい楽しいことがあったから………」
ヒカルが身体をずり上げて、アキラの顔を覗き込む。
「海に行っただろ…花火もしたし…かき氷も…お月見も楽しかったよな…」
ヒカルの瞳はキラキラしていて、一片の暗さも見えなかった。
「それにさ、昨日の分で、日記全部使い切ったんだ…」
本当にうれしそうに笑う。それにつられて、自分の口元も僅かに弛んだ。
 ヒカルを腕に抱いたまま、アキラは身体を支えて起きあがった。ちょうど自分の膝の上に
ヒカルが乗る恰好となる。自分のすぐ目の前にヒカルの繊細な造作の顔があった。
「今日の分はないの?」
「まだ、買ってない…」
明日買いに行くというヒカルを自分の上からおろすと、アキラは自室へと入っていった。


(282)
 アキラは自室に篭もったままなかなか出てこない。ヒカルは不安で堪らなかった。また、
何か無神経なことを言ってアキラを不愉快にしたのではないだろうか…
 彼を―佐為を失って以来、ヒカルは自分の言動に注意深くなっていた。端から見れば
さして変わったように見えないが、何をするにも出来るだけ気をつけてきたつもりだ。
「……どうしよう…オレ…なんかしたのかな………わかんネエ…」
いくら考えてもわからない。
「…ワガママばかり…言ったから…?」
 確かに甘えすぎていたかもしれない。アキラにも…彼にも――優しいから、何でも許してくれたから
無神経な言葉で傷つけた。そして――いなくなった。
「アキラまでいなくなったらどうしよう……」
ヒカルは急に悲しくなった。アキラはまだ出てこない。自分から行けばいいのだが、どうしても
立てなかった。

 「何で出てこねえんだよ…」
確かに自分はワガママだけど…ワガママさではアイツらだって負けてない。
「すぐ怒鳴るし…好き放題言いっぱなしだし…」
ヒカルはひとしきり文句を言って、アキラの部屋の方に目をやった。
 やっぱり、まだ出てこない。ヒカルの気持ちは、ドンドンしぼんでいく。不安が強がりを
挫き始めたとき、漸くアキラが出てきた。


(283)
 ヒカルはホッとして…それから、腹が立った。
「何やってたんだよ…!」
怒鳴りかけた自分の前に、薄い紙袋が差し出された。
「何これ…」
キョトンと問いかけるヒカルに、アキラは複雑な笑顔を見せた。
「プレゼントのおまけ………かな…」
「え…?…ありがと…」
 これを取りに行っていたのか…ヒカルは顔を赤くした。勝手に不安になって怒ったり、
悲しんだり…恥ずかしい。アキラに頼り切っている自分を再確認させられて、ヒカルは少し
落ち込んだ。

 封を開けると、中から一冊のノートが出てきた。
「これ…………」
そのノートには見覚えがあった。ヒカルが日記代わりに使っている帳面と同じものだ。
ただし、そこには青紫の静かな花ではなく、鮮やかな黄色い花が大きく描かれていた。
 ヒカルはアキラをまじまじと見つめた。彼はその視線を避けるように、ふいっと横を向いた。
その横顔にはいつもの冷静なアキラらしくなく、動揺が浮かんで見えた。


(284)
 ヒカルはアキラが話すまで、じっと待った。これには何か意味があるはずだ。きっと、
自分に言いたいことがあるのだと思った。
 そんな自分の心情を察したのか、アキラは小さく溜息を吐くと、ヒカルから視線を外したまま
ボソボソと何かを言った。
「え?何?聞こえネエよ…」
「……嫉妬…したんだ…」
は?何?どういうこと?意味がわかんネエ…
この帳面と嫉妬とどういう関係があるというのか、ヒカルにはさっぱり理解できない。
「………ボクは、キミがノートを買ったとき、キミにはリンドウは似合わないと思った…」
ヒカルは頷いた。アキラは確かにそう言っていたし、自分でもそう思った。だけど、アキラは
勘違いしている。このリンドウはヒカルじゃなくて―――
「だから、別の日にそのノートを買って、キミに渡そうと思っていた…………」
アキラはそこで一旦言葉を切った。落ち着きなく視線を彷徨わせ、何度も口を開きかけては
閉じた。

 「でも、キミがリンドウに別の人を重ねているってことに気が付いて……」
ヒカルは少なからず驚いた。アキラに隠し事は難しい。もともと勘がいいのはわかっていたが、
このことに気付いているとは思わなかった。
「そうしたら…何となく…渡せなくなってしまった………」


(285)
 「最初は緒方さんじゃないかと疑ったり……」
「ち、違うよ…!」
ヒカルは慌てて否定した。首と手を同時に振り、必死で弁解する。
 アキラはちょっと微笑んで、「うん…わかってる」とヒカルの頭を撫でた。
「キミはボクだけのものじゃないと落ち込んだり…そのくせ、キミが笑ったり、
 ボクに優しかったりすると、そんなこと全部忘れたみたいに舞い上がったり…」
「ボクはキミに振り回されて、穏やかな気持ちにはなかなかなれない……」
 そう言ってじっと見つめるアキラの眼差しは酷く優しくて穏やかで…ヒカルの心臓はドキドキと
大きく跳ねた。
「で、ボクはこのノートを机の引き出しの奥に突っ込んで…今、慌てて引っ張り出してきたわけ…」
「そんなに奥の方にしまっていたの?」
ヒカルの無邪気な問いに、アキラは頬を染めた。
「いや…すぐに見つかったんだけど…」
「?」
「やっぱり何となく渡し難くて、ちょっと考えてた…」
アキラは本当に言いにくそうだった。照れてちょっとヒカルを睨む視線が色っぽいと思った。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル