日記 283 - 285
(283)
ヒカルはホッとして…それから、腹が立った。
「何やってたんだよ…!」
怒鳴りかけた自分の前に、薄い紙袋が差し出された。
「何これ…」
キョトンと問いかけるヒカルに、アキラは複雑な笑顔を見せた。
「プレゼントのおまけ………かな…」
「え…?…ありがと…」
これを取りに行っていたのか…ヒカルは顔を赤くした。勝手に不安になって怒ったり、
悲しんだり…恥ずかしい。アキラに頼り切っている自分を再確認させられて、ヒカルは少し
落ち込んだ。
封を開けると、中から一冊のノートが出てきた。
「これ…………」
そのノートには見覚えがあった。ヒカルが日記代わりに使っている帳面と同じものだ。
ただし、そこには青紫の静かな花ではなく、鮮やかな黄色い花が大きく描かれていた。
ヒカルはアキラをまじまじと見つめた。彼はその視線を避けるように、ふいっと横を向いた。
その横顔にはいつもの冷静なアキラらしくなく、動揺が浮かんで見えた。
(284)
ヒカルはアキラが話すまで、じっと待った。これには何か意味があるはずだ。きっと、
自分に言いたいことがあるのだと思った。
そんな自分の心情を察したのか、アキラは小さく溜息を吐くと、ヒカルから視線を外したまま
ボソボソと何かを言った。
「え?何?聞こえネエよ…」
「……嫉妬…したんだ…」
は?何?どういうこと?意味がわかんネエ…
この帳面と嫉妬とどういう関係があるというのか、ヒカルにはさっぱり理解できない。
「………ボクは、キミがノートを買ったとき、キミにはリンドウは似合わないと思った…」
ヒカルは頷いた。アキラは確かにそう言っていたし、自分でもそう思った。だけど、アキラは
勘違いしている。このリンドウはヒカルじゃなくて―――
「だから、別の日にそのノートを買って、キミに渡そうと思っていた…………」
アキラはそこで一旦言葉を切った。落ち着きなく視線を彷徨わせ、何度も口を開きかけては
閉じた。
「でも、キミがリンドウに別の人を重ねているってことに気が付いて……」
ヒカルは少なからず驚いた。アキラに隠し事は難しい。もともと勘がいいのはわかっていたが、
このことに気付いているとは思わなかった。
「そうしたら…何となく…渡せなくなってしまった………」
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「最初は緒方さんじゃないかと疑ったり……」
「ち、違うよ…!」
ヒカルは慌てて否定した。首と手を同時に振り、必死で弁解する。
アキラはちょっと微笑んで、「うん…わかってる」とヒカルの頭を撫でた。
「キミはボクだけのものじゃないと落ち込んだり…そのくせ、キミが笑ったり、
ボクに優しかったりすると、そんなこと全部忘れたみたいに舞い上がったり…」
「ボクはキミに振り回されて、穏やかな気持ちにはなかなかなれない……」
そう言ってじっと見つめるアキラの眼差しは酷く優しくて穏やかで…ヒカルの心臓はドキドキと
大きく跳ねた。
「で、ボクはこのノートを机の引き出しの奥に突っ込んで…今、慌てて引っ張り出してきたわけ…」
「そんなに奥の方にしまっていたの?」
ヒカルの無邪気な問いに、アキラは頬を染めた。
「いや…すぐに見つかったんだけど…」
「?」
「やっぱり何となく渡し難くて、ちょっと考えてた…」
アキラは本当に言いにくそうだった。照れてちょっとヒカルを睨む視線が色っぽいと思った。
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