日記 286 - 288


(286)
 ヒカルの顔に満面の笑みが広がった。もらった帳面の最初のページに何かを書くと
それを丁寧に剥がして、小さく畳む。それから「はい」とアキラの胸に押しつけた。
「オレの気持ちは前に伝えたじゃん…持ってるんだろ?」
口をとがらせ、拗ねたようにアキラを睨んだ。
「わかってネエみたいだから、もう一回だけ言っとく…」
 アキラは貰った紙片を慌てて広げた。以前にもらった手紙とまったく同じ言葉がそこに
書かれていた。だが今度は、隅の方に小さくではなく、真ん中に大きく力強く書かれていた。
「“大好き”だって…いつも…何度も言ったじゃねえか…!」
「ヒカル…」
「三度目は書かネエからな…!」
 背中を向けてしまったヒカルを後ろから、ギュッと抱きしめた。
「…普段何となく言ってる言葉でも、紙に書くとスゲー緊張するんだ…バカ…」
「………ゴメン…ボクも返事を書こうか?」
「いらねえ…スゲー立派な返事が返って来たらオレが落ち込む…」
本気か冗談かわからない口調。後ろからではヒカルの表情が見えなくて、少し残念だ。
「じゃあ、口で言う…ヒカル好きだ…」
「……知ってるよ…」
「すごくすごく好き…大好き…」
「わかってるよ…バカ…」
しつこいとばかりに、ヒカルが腕の中で藻掻いた。でも離さない。
「愛してる……」
「………うん…オレも…」
力を抜いてもたれ掛かってくる。その重みがすごく心地よかった。


(287)
 誰かに呼ばれたような気がして目が覚めた。
「………アキラ?」
ヒカルは身体を少し持ち上げて、彼の顔を覗き込んだ。
 アキラは静かな寝息を立てて、ぐっすりと眠っている。
「あ…」
また呼ばれた。と、思った。だが、実際耳には何の音も届かない。強いて言えば、窓の向こうから、
微かに虫の音が聞こえてくるだけだ。
 自分の背中にまわされたアキラの腕をそっと外すと、ヒカルは裸にシャツを一枚羽織って
部屋を抜け出した。
 灯りをつけて、きょろきょろと辺りを見回したが、やはり誰もいるはずがなかった。
時計を見るとまだ日付は変わっていない。
「まだ、ぎりぎり今日なんだ…」
今日のことをいろいろと思い出した。すごくうれしくて楽しくて…本当に一生の思い出になる
誕生日だった。


(288)
 「そうだ…」
ヒカルはテーブルの方へと近づいた。そこにはもらったばかりの帳面が置いたままになっていた。

 明るい黄色が眩しかった。秋の花であるリンドウより、夏の花のヒマワリが今自分の手元に
あるのが不思議だった。

オレの夏はちゃんとアキラが持っててくれたんだ………

表紙をめくると、最初のページは破れている。さっき、ヒカルが破いたのだ。そして、それも
またアキラが持っている。リンドウの手紙と一緒に…



今日はオレの誕生日だった。
アキラがプレゼントを二つもくれた。
新しいバッグと、この帳面だ。
バッグよりこっちの方がうれしいって言ったら、アイツ怒るかな?
今日から、日記も新しくなった。
オレも新しいオレだ。
これには楽しいことだけ書くなんてことしない。
腹が立ったことも悲しかったこともみんな書く。
書いていいんだよな?
それから、うれしかったこともいっぱい書く。
今日はすごく楽しかった。楽しくてうれしくて、何から書いていいかわからない。
だから、明日書く。だって、今日はもう眠いし…
とりあえず、誕生日おめでとうヒカル!

 ヒカルはそれだけ書いて、帳面を閉じると、またアキラの隣に潜り込んだ。

おわり



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