クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 29
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「えぇっ!倉田さん留守なの!?」
「地方での陰陽祭を執り行われるにより、今月中は戻られませぬ」
勇んで陰陽寮を訪ねた光だったが、倉田は都を離れていた。
「そんなぁ・・・」
途方に暮れる光の耳に、聞き覚えのある偉そうな声が飛び込んできた。
「そこにいるのは、近衛じゃないか?検非違使の。陰陽寮なんかで何をしている」
「お、緒方様!」
「――全く心当たりはないと云うんだな」
「はい。いつものように一人でその、・・・おりました時に、気づくとその者が側に居て」
「おまえの中に入った」
「はい」
緒方は光から事情を聞き出すと、すぐに乗り物を呼び賀茂邸につけさせた。
慣れない牛車で同道させられた光は揺れる車の中でしこたま頭をぶつけ、
ずれてしまった烏帽子を直そうと格闘している。
「この御符が効いたというのが分からないな。都一の天才陰陽師、賀茂明が尽くした
他のどんな手段でもそいつには敵わなかったのに、この御符だけが――」
「都一はやめてください。ボクはまだまだ未熟者ですよ。今回の件を通して
思い知りました」
寝床の上から半身だけ起こして、脇息に寄りかかった明が云った。
緒方は扇をパチンと鳴らしながら「ふ・・・ん」と考え込んでいる。
「緒方様、そのさ、一の宮様ってどんな方なんですか?」
漸く烏帽子を元通りにするのに成功した光が聞いた。
「一の宮か・・・私も直接お目にかかったことはないが・・・」
緒方が視線を少し上に遣って記憶を辿る。
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