白と黒の宴2 29
(29)
緒方の車の助手席に座り、棋院会館の駐車場から出る時、アキラの目に棋院の玄関から出て来る
ヒカルの姿が映った。ヒカルもまた、目立つ車種に気付いてこちらを見た。
一瞬アキラはヒカルと目が合ったような気がしたが、それを振り払うかのように緒方はアクセルを
踏み込み、大通りへ向けて車を奔らせた。棋院会館が後方に見る見る遠ざかる。
アキラはヒカルにあんな態度を取った事を後悔した。ヒカルの元に駆け寄って、謝りたかった。
「…停め…」
そう言いかけて言葉を飲んだ。今の自分にそんな資格すらないように思えた。
緒方はアキラの表情を無視するように前方を見据えたままスピードを上げ、前車を追い越す。
その冷たい横顔に車中、緒方とは一言も話すことは出来なかった。
ただ黙って助手席に座っているしかなかった。体が二つに裂けるようだった。
心ではヒカルを求めながら、社によって火を付けられた本能が緒方を求めている。
緒方のマンションに着き、緒方の部屋に近付くにつれて心音が高まり、息が苦しくなる。
何かが激しく警告する。これ以上二人で会っても、互いの傷が深くなるだけだと。
だが社の件を相談出来る相手は緒方しかいないのだ。それにやはりどうしても二人で一度話をしたかった。
気まずいまま別れた事がアキラの胸に引っ掛かっていた。
ドアが開けられ、中に入って鍵が掛けられる音が耳にやけに大きく響いた。
と同時に緒方の唇で口を塞がれた。
熱く激しい包容がアキラの唇を包んだ。
そういうキスがもう当たり前のように、アキラの舌は相手の動きに従った。
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