弄ばれたい御衣黄桜下の翻弄覗き夜話 29
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「塔矢先生が碁会所持ってるのは知ってる? 最初は塔矢と――あぁ、これは息子の
ほうね――打ちたくて通ってたんだけど、あいつが手合とか、指導碁の仕事とかで
いない時にさ、時々、都合がいいと塔矢先生が相手してくれたんだ。それが、結構
楽しくってさ」
――そりゃあ、天下の塔矢行洋に相手して貰って打てば楽しいだろう。
「いつのまにか、わざと塔矢がいない時を狙って通うようになってたんだよね。塔矢は
そんなこと知らないから、君はいつも間が悪いとかなんとかよく怒られたけど。やっ
ぱり、塔矢と打つのが、俺は一番楽しいんだけどさ、でも先生と打つのは、俺には
ぜんぜん違う意味があったんだ。そのうち、碁会所が閉まっても、夜中まで粘って
打つような事も多くなって。でね、先生にお願いしたんだ、俺の方から。抱いて
下さいって」
眩暈がした。あの塔矢行洋に、自分から言い寄ったのか。碁会所なんて場所で。
しかも、男の身で――
「最初は笑われたけどね、でも、俺が真剣だってわかったら抱いてくれたよ」
「好きなのかよ」
「違う。そういうんじゃないんだ」
門脇にはわけがわからなかった。
その戸惑う門脇の表情を受け取って、ヒカルが薄く笑う。
「門脇さんはさ。強い人と一つになりたいって、思ったこと、ない?」
不思議に透明な笑みだった。
「体も、魂もひとつになって、溶け合ってしまいたいと思ったこと、ない?
溶け合うと、みんな分かるんだよ。その人が何を考えてその一手を打ったのか。
何を思って、十九路の盤面に向かうのか」
ヒカルは何か、遠い昔を懐かしむような顔をしている。
「俺にとって、そうやって一つになるのに一番近い手段がセックスだったんだ。塔矢
先生と寝てみてわかった」
そして、ヒカルは自分の右手をじっと見る。いつも碁石を挟むその指先を。
「強い人と寝ると、その強さを自分にも分けて貰える気がする。セックスした後に
打つと、前よりその人の碁の持つ意味が分かるようになってる」
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