失着点・展界編 29
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「うわっ、何をする気だ、やめないか」
…という緒方の反応を予想していたヒカルだったが、唇が間近に迫っているの
にも関わらず緒方の眉一つ動かない。ヒカルは思いきって唇を重ねて行った。
アキラや和谷のどこか中性的な柔らかさを持ったものとは違い、もっと
肉感的な厚みを持った、タバコの匂いが残る大人の男性の唇。
その上唇と下唇を交互に、あるいは同時に吸いながらヒカルは緒方の表情を
伺う。緒方の薄い色の瞳は無機質にヒカルを映しているだけだった。
…バカにされている。
ヒカルは舌を入れていった。緒方の舌を探り、目一杯自分の舌を伸ばして
届く範囲を強く愛撫していった。そうしながら、ふと、この大きな唇で自分が
唇や体のあちこちを吸われたらどんな感じがするだろうと考えた。
…何考えているんだ、オレ…
気持ちと同時に、唇も離した。急に自分がしている事が恥ずかしくなった。
「…済んだのか?お休みのキスにしては情熱的なようだったが、なんだか
仔犬に嘗めまわされたような気分だな。…まあ、筋は悪くない。」
「…た、試したんだよ。緒方さんが後でオレを襲ったりしないか…」
「そこまで不自由はしていないからな。」
見透かされたように緒方にあしらわれ、ヒカルはいたたまれなくなって布団の
中に頭まで潜り込み、拗ねたように体を丸めた。
「明日の朝イチで追い出すからな。…とにかくおとなしく寝ろ。」
電気が消え、緒方が出て行った。暗がりの布団の中で、ヒカルは無意識に
緒方の唇の感触を思い返すようにそっと自分の唇に指で触れていた。
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