うたかた 29


(29)
 ────ここはノビた方がいいか、いや、一間トビの方がいくらか有利になるな。

 前回の負けの原因になった序盤を、じっくり時間をかけて打つ。甘い手を打つとすぐに崩されてしまうだろう。ヒカルは見違えるほど強くなった。
 そっとヒカルの顔を見ると、碁を打つときだけ見せる真剣な表情をしている。

 しかしそのとき、冴木はその表情に相応しくないものを、ヒカルの首筋に見つけてしまった。

「………。」
「…冴木さん?」
 なかなか次の手を打たない冴木を不思議に思い、ヒカルが首を傾げる。
「ああ、ごめん。」
 冷静に返した手と同調するように、冴木の頭の中も冷え切っていった。
「…進藤、その服少しサイズが大きいみたいだな。」
「ああ、これ加賀のなんだ。オレの服雨で濡れちゃったから借りた。」
「へえ…。」
 ヒカルの体から甘い匂いがする。きっと『加賀』の吸うタバコが服に染み付いているのだろう。

 服に、匂いに、首筋のキスマーク。
 ここまで行為の痕を見せつけられると、腹をたてるのを通り越して呆れてしまう。


 冴木には、年の離れた弟がいる。だが反抗期真っ盛りの弟とは、しばらく顔をあわせていない。それとは正反対に明るくて人見知りしないヒカルは、冴木にとって新鮮であり、中学生らしくとても可愛く見えた。

 だがそれが徐々に、思いがけない方向へと姿を変えはじめていったのは────初めてヒカルの部屋を訪れたときからだった。



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