Linkage 29 - 30


(29)
 緒方は聞き慣れない言葉に顔を上げた。
「……スマート……ドラッグ!?……知らんな……」
「耳慣れない言葉だろうな。実際ほとんどは薬事法の関係で日本では入手できないし……」
 小野は薄く笑うと、黙ったままの緒方の耳元で囁いた。
「だが、その中に結構効くヤツがあるぜ。オレも使ったことがないわけじゃないしな……。
まあ、オレの場合は別の目的だったが……」
「……何の目的だ?」
 緒方は酔いが醒めたのか、小野に詰問した。
「ハハハ、オレの目的は勘弁してくれよ。ただ、睡眠導入剤としても悪くない代物なのは
確かだぜ」
 小野は自分と緒方のグラスにビールを注ぎながら、さも楽しそうにそう言った。
「オマエ……一体なにをしているんだ?」
 緒方は訝しげな様子で、ビール瓶を持つ小野の腕を掴む。
小野は空になったビール瓶を置き、自分のグラスを手にすると、緒方にもグラスを
持つよう顎で促した。
「別に……オレは一介の高校教師だが……」
 緒方が渋々グラスを手に取ると、小野は自分のグラスを緒方のそれに軽くぶつけた。
ガラスのぶつかる澄んだ音が2人の間に響く。
「化学の教師というのは、なかなかに楽しい職業でね。……ようこそ、オレの実験室へ
……ってなもんさ!」
「……オマエ、まさか……!?」
 小野はグラスを一気に空けると、空のグラスを手で弄び始めた。
「ああいう薬は海外から輸入してもいいんだが、如何せん高いからな。実験室で
楽しいお料理教室をやっても、結構簡単に作れるぜ」
「…………」


(30)
 緒方は言うべき言葉が見つからず、ただ沈黙するばかりだった。
「あれは効き目がショートでね。抜けるのが早い。依存性もまずつかないし、
寝付きの悪いヤツにはオススメなんだが……。どうだ、緒方?欠点は、
使い始めの服用量のコントロールが難しいのと、服用して3時間程で目が
覚めちまうところかな。だが、睡眠の質としては、そう悪くないと思うぜ」
 緒方は降参といった様子で額に手を当て、髪を掻き上げた。
「オレにノートを借りてたヤツが、随分ご立派な先生になったもんだな……」
 小野は手にしていたグラスをカウンターに置くと、緒方に向き直った。
「有り難いお褒めのお言葉で……。取り敢えず、薬は年内に作って渡そう。
初回はお試し用だからタダで構わない。気に入ってもらえれば、次回以降は材料費
だけ負担してくれ」
「随分気前がいいんだな……」
 緒方は小野の意外な申し出に驚いた。
「緒方先生の今後のご活躍に期待してるもんでね、オレは。是非オレの協力で
タイトルホルダーになってもらいたいものだな!」
 屈託無く笑って緒方の肩を力強く叩く小野に安心したのか、緒方は炭酸の抜けた
ビールを飲み干すと、大きく息を吐いて立ち上がった。
「それでは、そうさせてもらうことにするか……」
 会計を済ませ、ネオンで賑わう真冬の夜の歓楽街を歩きながら、2人は互いの
連絡先を教え合い、後日の再会を約束した。



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