白と黒の宴4 29 - 30
(29)
「何やあれ…高永夏と戦う前からえらいビビッとるで」
あまりのヒカルの気負い振りに呆れて社は溜め息をつく。
社はずっとアキラの事を気にしていた。ヒカルの高永夏という存在を意識しての言動の一つ一つを
目の当たりにしているアキラの心中が穏やかであるわけがない。
「あんなんで大将やらせていいんですか?倉田さん」
「社!」
直ぐにアキラがたしなめるように声を出した。だが社はやはり塔矢が大将であるべきと考えていた。
あれで高永夏に負けたら、マジでヒカルが立ち直れなくなる恐れがあると感じたのだ。
「進藤には明日の高永夏との対局が必要なんだよ。たぶんこの一戦で成長するぜ、進藤は。」
倉田の落ち着き払った表情でのその言葉に社とアキラは聞き入る。
「それがわかるからどうしてもやらせてみたくなるんだよね。別にオレあいつの師匠でもなんでも
ないけど、進藤の成長にはちょっとワクワクしちゃうんだよね。」
師匠以上の、まるで身内のような立場の言葉だな、と社は思った。
とにかくヒカルが思っている以上に倉田に買われているのは確かだった。
「あせるなって、お前はじっくり成長して行くタイプだから」
付け足されるようにそう倉田に宥められるが社には納得出来かねるものがあった。
「まあ塔矢は不服だろうけど。」
倉田はアキラに向き直った。社が内心ヒヤリとする。
「いいえ、彼の成長はボクも望むところです。」
背筋を伸ばし、アキラも落ち着いた表情でそう倉田に答えた。
(30)
「ただ…ボクは知りたい。彼が何故あそこまで秀策にこだわるのか…」
それを問いたくてもヒカルに問い切れない。
ヒカルが自分の口から説明するまで待てばいいものだが、その一方で、何故、まだヒカルが
全てを話してくれないのか、アキラにはそれが不服だった。体では結びついても一向にヒカルを
手に入れた気持ちになれない理由はそこにある。
倉田らとエレベーターで自室に戻ると一足先に部屋で着替えて出てきたヒカルと部屋の前の廊下で
出くわした。アキラは思わずヒカルを呼び止める。
「…進藤」
「?何だよ。」
アキラがヒカルに問いかけようとするとヒカルは警戒するように身構えた顔をする。
それを見た瞬間アキラはカッとなった。そうなのだ。saiの正体も秀策へのこだわりの理由も本当は
どうでもいいのだ。
悔しいのは、結局こうしてヒカルがいつまでも自分の言葉で説明する事から逃げている事だ。
そんなヒカルを捕まえて押し付け、見せようとしない、未だに自分に解放してくれない
秘密の部屋の扉を無理矢理こじ開けたいという衝動にかられる。
ヒカルの全てを知りたい。まるでヒカルが、誰か他の者とひっそり秘密を守っているように
見える。その秘密を暴きたい。
だがもしもそうやって扉を押し開いた時、そこにもしも見たくない風景があったとしたら…、
自分はそれに怯えている。
「…いや、何でもない。大将戦を控えて弱気になっていやしないだろうな」
結局出て来るのは冷徹に突き放す言葉のみだった。
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